しもた屋之噺(230)

杉山洋一

萌え立つ新緑が、春らしい明るい光線にまばゆく輝いていて、午後の公園は溢れんばかりの子供たちで賑わっています。目下ミラノは変異株の拡大で都市封鎖の真っ最中ですが、学校に行かれない子供たちを、小学校の遠隔授業の終わった午後、親たちが思い思いに公園に連れ出しては、こうして溜まった鬱憤を発散させているに違いありません。

今朝がた、郵便受けに突然六通もミラノ市から書留が届き、何かと思って郵便局に受取りに行ったところ、すべてゴミ税滞納による思いもかけぬ多額の過料通知でした。復活祭直前の厄落としと思いつつ、事情もわからず未だ狐につままれた思いです。

3月某日 ミラノ自宅
一日遠隔にて試験。悲しいかな、必要に迫られ我ながら慣れてきた気がする。授業で苦労していた学生が随分しっかり勉強している。授業時間は削減されたが、昨年最初のロックダウンの際に録画した、独習用ヴィデオをみな繰返し使って復習しているらしい。この形態でも、この時間数でもこなせると分かると、これが基本スタイルと認識されそうで、少し怖い。本来、もっと学生同士もコミュニケーションを取りながら、愉快に授業をしていたものが、今は最小限の時間数で、試験に間に合わせるために教えているから、どうも世知辛い。
ロンバルディア州がオレンジゾーンになり、コモは監視強化地域(zona rafforzata)となった。いつまで対面レッスンが出来るのか。新感染者数17083人、陽性率は5,1%。死亡者数343人。

3月某日 ミラノ自宅
母86歳誕生日。ミラノも今日から濃オレンジゾーンになった。
「深橙色」、「濃橙色」、という表現がイタリアらしく微笑ましい。レッドゾーン(危険地域)に近い、オレンジゾーン(準危険地域)を意味する。
息子が通う残り少ない日本人学校も遠隔授業になり、卒業生のみ登校となった。卒業制作として、マスクなしの在校生の姿を残そうとヴィデオを作ったそうだ。
日本政府は、海外からの帰国後三日間は政府指定滞在先で待機と発表。卒業後すぐに帰国する息子の同級生たちは、帰国後の処遇に不安を募らせている。
あと数日間作る積りだった息子の弁当も、こうして思いがけず終了した。分かっていれば最後くらいもう少し手の込んだものを作りたかったが、生憎食材が切れかけていて、アンチョビーと干しトマトの油漬けで、ごくシンプルなパスタを作って済ませてしまった。
弁当を作らないと、早朝、急に時間の余裕もできた。
息子のためには毎日何某かパスタを作っているが、彼に付き合って毎日食べていて身体がすっかり重たいので、代替にカネリーニ豆を食べるようになり、もう二週間ほどパスタを食べていない。お陰で身体がとても軽くなった気がする。
新感染者数24036人で、陽性率は6,35%。死亡者数297人。

3月某日 ミラノ自宅
沢井一恵さんより「芸術とは何でしょう」と質問をうける。何かを深く感じさせるものであれば、それは芸術ではないだろうか。反駁も可能だが、その反駁も含めて芸術の一部となりえるのではないか、とお答えする。この年齢になって、不協和、不調和な響きの面白さと美しさを見出したのは、なぜか。新感染者数23641人で、陽性率は6,6%。死亡者数307人。

3月某日 ミラノ自宅
女性の日。レプーブリカ紙の表紙も女性。
後期の聴覚訓練授業を受講しているロザーリオは男性だが、見るからに女性的で柔和な物腰だ。
「わたしをローザって呼んで」などと言うものだから、無意識にこちらも相手を女性として女性形で話しそうになる。これは本来どちらで話すべきなのだろう。
性別の問題は、日本語より寧ろ西欧語の方が厄介で複雑な気もする。相手は、女性として扱ってほしいから女性形で話してほしいと思っているかも知れないが、他の学生の前で、君の性別をどう扱うべきかと話せるものでもない。今まで何人もの同性愛者は教えてきたが、ここまで艶めかしい学生はいなかったので、気にしたこともなかった。
「女々しい」「雄々しい」「勇ましい」「姦しい」「嫌」「雄叫び」などの言い回しは今後は使えないだろうし、「嬲る」「嬶(かかあ)」も使用禁止は免れないはずだ。
新感染者数13902人で、陽性率は7,5%。死亡者数318人。イタリアでのパンデミックの犠牲者数が10万人を超えた。

3月某日 ミラノ自宅
日本人学校卒業式。朝息子を6時に起し、簡単な朝食をこしらえ散歩に出て、道すがら菓子パンを二個買う。帰宅後息子のワイシャツに糊をつけアイロンをかけ直すと、それを着て最後の登校をする。自分の服装など全く考えていなかったが、父兄の写真撮影もあると聞いて、慌てて自分のワイシャツにもアイロンをかける。ネクタイをしめるのは、何年振りか。卒業生のみが登校し、卒業生の父兄は家族につき一人まで参加可能となった。在校生は在宅でズーム中継を眺める。卒業式が出来なかった昨年より恵まれているそうだ。

オランダの後藤さんのお葬式をヴィデオで拝見する。無駄のない、心温まるセレモニーで、相変わらず少女のような後藤さんは、眠っているようにしか見えない。
参列できない我々に用意されたヴィデオは、オランダらしく合理的で進歩的な発案だが、それを眺める我々の姿を、飄々とした後藤さんなら、あちらから微笑みながら眺めてくれているはずだ。
イタリアの葬儀より、漂う空気が少し軽い気がするのは、カトリックとプロテスタントの土壌の違いか、宗教色を排したお別れの会だったからか。柩に並べられた、揺らめく小さな蝋燭がうつくしいと思った。
柩の蓋を近親者が、木製とおぼしき大きなねじで締めてゆく姿は印象的でもあり、温かみを感じて嬉しかった。
当地だと葬儀社が電気ドリルで大きな音を立ててねじを締めてゆくのだが、何度見てもあれには馴染めない。もう少し優しく扱ってほしいと常々思っていた。
思いがけず、ヴィデオの終わりに昔ヴェニスでご一緒したときの演奏風景が流れた。彼女が喜んでくださっていたのなら、これ以上のことはない。
あまりに現実離れした光景だったから、ずっと淡々と眺めていたが、出棺風景になったとき、突然悲しみが溢れてきた。
新感染者数19749人で、陽性率は5,7%。死亡者数376人。

3月某日 ミラノ自宅
来週からまたレッドゾーンになるそうだ。学長より指揮レッスンの一時休止が伝えられた。息子がイタリアの中学卒業試験を受けると言い出して、慌てて願書受付先を探す。
日本の入国制限強化により一日2000人の入国となり、日航、全日空ともに三月中の新規入国予約が停止された。
息子の級友も帰国後三日間の国指定の宿泊所の様子がわからず、特に小さい子供を抱えた家庭は同室になるのだろうかと気を揉んでいる。新しく発表された対策でまだ誰も様子が分からない。差し入れも宅配も不可なので、念のため二週間分の荷物を持ち込む家族もいる。昨日左目に軽い出血。息子は病院に行けと大騒ぎしている。

母から町田の市役所屋上から撮った箱根山の写真が届き、「遠くに二子山、神山がみえて、俄かに里心がつきました」とある。彼女が疎開していた山北を訪れたこともなく、殆ど何も知らないと気づく。母から教えてもらった疎開先の磯崎邸は、現在も当時と同じ場所に残っていた。この大きな邸宅の離れに、家族全員で疎開していた。
駅前のセンダ時計店も、小学校六年生の頃通っていた坂の上の川村小学校も、道すがら建っている室生神社も残っていた。尤も、グーグルマップのストリートビューを送ると、昔の面影が残っているのは神社だけね、と嬉しそうに笑った。

息子が昨年秋まで通っていた、ノヴァラの国立音楽院の57歳クラリネット教師、サンドロ・トニャッツィが、アストラゼネカのワクチン接種後数時間で体調を崩して死亡。ノヴァラのあるピエモンテ州、アストラゼネカワクチン使用を停止。新感染者数26062人で、陽性率は6,98%。死亡者数317人。

3月某日 ミラノ自宅
アメリカのPよりメール。すっかり返事を書かずに申し訳ない、とある。
教鞭を取っていた大学で、女子学生から言われなきセクシャルハラスメントで訴えられ、大学から一方的に解雇されたと言う。
実家のあるカリフォルニアに戻ったところ、体調を崩していた父親も亡くなり、すっかりふさぎ込んでいるという。冤罪をはらさなければ、今後一切の活動ができないから、絶対に裁判には勝たなければならないが、弁護士料はとても高額だという。返す言葉が見つからない。
新感染者数15267人で、陽性率は8,5%。死亡者数354人。

3月某日 ミラノ自宅
学長より連絡があり、指揮の対面レッスン再開許可が得られたそうだ。大慌てで学生とピアニストに連絡し、明日のレッスンをやると伝える。
Hさんより「本当にこのパンデミックはいつまで続くのでしょうか。”にもかかわらずコンサートする”状況のなかでは、恐怖心と感謝する気持ちが混在して、ふとしたことで涙してしまいます」と便りが届く。
イタリア全土でアストラゼネカワクチン使用停止。ドイツとフランスも一時的に使用を停止した。新感染者数20396人で、陽性率は5,5%。死亡者数502人。

3月某日 ミラノ自宅
日がな一日学校でのレッスンの後、夕刻になって市立学校を運営する財団より、ワクチン接種受付開始の通知あり。ロンバルディア州のサイトより登録。
パンデミック期間中において、イタリアは先進国で唯一書店の購買数が増加した国だと、レプーブリカ紙は誇り高く書いている。特に中小の書店の貢献度が高いそうだ。このところ、新聞の一面はワクチン分配状況の詳細な分析に割かれている。
新感染者数23059人で、陽性率は6,2%。死亡者数431人。

3月某日 ミラノ自宅
ストラヴィンスキー歿後50年特集。レプーブリカ紙付録の「il venerdì金曜日」でストラヴィンスキーが長年愛して止まなかったイタリアとストラヴィンスキーの関わりについて、興味深い記事が掲載されている。彼がヴェニスに埋葬されるとき、神父が立つゴンドラに揺られて柩が海を渡る姿の写真も印象的だ。
生涯イタリアに移住を望んでいたストラヴィンスキーがアメリカに留まったのは、アメリカで糖尿病の先進治療を受けたかったからだと言う。マルチェッロ・パンニが奔放にインタビューに答えていて、読んでいてちょっと心配になるほどだ。ストラヴィンスキーは芸術家というより寧ろ職人だった、彼の指揮は良くも悪くも書かれている音を再生させるだけだった、という塩梅で、マルチェッロを知っていれば、凡そどんな口調でインタビューに答えているのかも想像がつくので、ご愛敬と呼べばよいのか。
本日15時よりアストラゼネカワクチン再開。新感染者数25735人で、陽性率は7,05%。死亡者数386人。

3月某日 ミラノ自宅
一日自宅にて遠隔授業。昼休みは1時間しかないので、朝のうちに昼食のソースを準備をしておき、1時に授業が終わり次第パスタを茹でて息子と二人で昼食。
器楽科学生のための聴覚訓練授業のズームリンクは息子にも送って、見学させている。21時過ぎ携帯電話にショートメッセージが届き、明日18時55分にワクチン接種とのこと。昨日からアストラゼネカの使用が再開されたためだろう。
新感染者数23832人で、陽性率は6,7%。死亡者数386人。もうこれ以上状況は好転しないのかと虚しい心地だ。

3月某日 ミラノ自宅
早朝ジョルジアまで歩き、朝食のパンを購いつつ息子の誕生日ケーキを予約する。

帰宅後はレスピーギとカスティリオーニの譜読み。その傍ら、息子はここ数日昔のイタリアの教科書を読み返している。夕刻、東京にいる家人より電話。アブダビ経由便をアリタリアから予約したが、どうも処理がうまくいかないという。息子が家人にワクチン接種の件を話してしまい、彼女は興味津々。「怖くないの」。

18時半ころ自転車で旧見本市会場6番ゲートに着いた。人が屯う入口で係員に携帯電話のショートメールを見せると、そのまま2階に進むよう言われる。
巨大な螺旋階段の途中で、接種が終わって戻ってくる人たちとすれ違うが、皆、加減が悪そうには見えない。尤も、加減が悪ければ歩いて降りてこないだろう。
大きな見本市会場なので、2階とは言え普通のビル6階程度の高さはある。そのだだっ広い見本市会場の2階が、パーテーションで迷路状に仕切られている。
最初に番号札と問診票を受取ったのだが、順番が思いの外早く回ってくるので、誰も問診票を最後まで書きこめない。問診票の最初には、アストラゼネカの接種を許可するか拒否するか記入するようになっている。自分は健康だから、アストラゼネカのワクチンでも構わないと思い、許可する、にチェックした。

5分と待たず、通された次のブースで妙齢から保険証の確認を受け、続いて長い廊下を伝って、ぽつぽつと置かれたパイプ椅子の待合所で改めて5分ほど待った。
続くブースで若い女医から改めて細かく問診を受け、アレルギーや基礎疾患の有無を何度も確認されたあと、サインをもらい、赤いパイプ椅子が4つほどおかれた隣の2畳ほどの小さな待合室に進む。問診は3,4分ほどだったろうか。隣では、一つ一つの問診を外国人の被験者のため、英語に通訳していた。
待合室では、陽気で恰幅のいい南米出身の看護婦が采配をふるっていて、あそこに行って、ここに行って、と要領よく指示を出している。
5分と待たずに順番が回ってくると、手前から二番目の仕切りに進んだ。
陽気な中年の看護士に、開口一番「わかった!あなたは外国語大の先生だね」と言われたので、やんわり否定する。
職業をたずねられたので、音楽をやっていると答えると、また暫く考えてから、今度は出し抜けに「クラヴィチェンバロか、ヴァイオリンだね」とまた大声を上げた。その度ごとに、仕切の後ろで妙齢たちの笑い声が沸き上がる。
ヴァイオリンは昔少し弾いていたけれどと答えると、それなら何の楽器を弾くのかと食い下がるので、実は何も弾けないと白状すると、とても不服そうな顔をされて、申し訳なくなった。思いの外痛くない注射で、思いもかけず直ぐに終わった。予後観察室で15分間様子を見て、何もなければ帰宅してよいと言われる。
予後観察室は見本市会場のフロアを真ん中にのびる長い廊下で、壁に沿って点々とパイプ椅子が並んでいるにすぎない。そこで、各人思い思いに時間をつぶして、暫くすると帰っていく。
ここについたのは未だ18時50分だったから、本来の予約時間にすらなっていない。信じられない程手際よくこなしているが、イタリアの底力かとも思った。特に痛みもなく、あっけない印象しか残っていない。
接種後の酷い脱力感を想像していたので、帰りは自転車をおいてタクシーで戻らなければいけないかと心配さえしていたが、全く問題なく帰途に就いた。
首都圏の非常事態宣言解除。イタリアの新感染者数20159人で、陽性率は7,2%。死亡者数300人。

3月某日 ミラノ自宅
昨晩は寝苦しく、酷く魘されていた。少し熱も出ていたのだろうか。目が覚めると両眼とも充血していて疲労感もあるが、ワクチンと関係あるのかわからない。朝方、イタリアの中学より息子の資格試験について電話を受けるが、呂律が回らず、頭もぼんやりして、何だか自分の身体ではないようだ。息子が願書を出した中学の校長からも電話がかかってきた。
午後からは軽い疲労感のなかで在宅で授業をやっていたが、夕方学校へ自転車に出かける辺りから、口を開けるのも話すのも億劫なほどの疲労感に襲われた。
それでも朦朧としながらレッスンをして、帰りしな、指揮伴奏の木村さんより、他の同僚たちは皆38度、39度と高熱を出し軒並み休講していると教えてもらった。そんな中自転車でよくここまで来たものだと感嘆され、心配される。
ぼんやりしたまま、頼んでおいた中華の持帰りを受取って帰宅。
大規模な社会実験に参加しているのだから、多少の不便は仕方がない。
社会参加の一環ともいえるが、これが新たな不均衡や、差別の対象とならないよう切望する。
昨日は何ともなかった注射跡に疼痛が走るようになり、気が付くと左手に力が入らない。疲労感で口も開けたくないが、食べれば食事は美味だったので、安堵する。
新感染者数13846人で、陽性率は8,1%。死亡者数386人。

3月某日 ミラノ自宅
朝、ベルリンと東京を結んでズーム会議。緊張しているせいか、倦怠感もなく頭もすっきりしていて、これで普通の生活に戻れるかと思いきや、会議が終わった途端、猛烈な倦怠感に襲われて驚く。目の充血も取れない。
自転車でブレラ通りのペッティナローリに息子の誕生日祝を買いに出かける。身体が宙を浮いているような塩梅なので、のんびりペダルを漕ぐ。結局イタリアの手漉き紙ノートを購入。2017年1月から使っていた自分の日記帳も使い切ったところだったので購入した。日本から戻る機中、細川さんの「大鴉」を譜読みするところから始まっていた。

甲賀さんの訃報をニュースで知り、目を疑い思わず3回読み返した。
ワクチンの後で既に力が入らない身体だったが、腰から下が突然砂状になったように力が抜けた。
今まで、基礎から積み上げるような、真っ当な人生経験をしてきていない。礎を築いてから理解を深めてきたものは何もなく、どれも好い加減で大雑把なまま、完璧なものは何もない。どうして「水牛」を知ったのか、最初の切っ掛けは最早思い出せないし、水牛がなんであるかなど知らないまま、「水牛」の題字を意味も分からず毎月眺めているうち、何時しか自分も音楽をやっていた。流れに任せて生きてきた自分の時間を反芻しながら、しなやかな水牛の角のような、焦げ茶と日に焼けた深紫の間のような、うつくしい水牛の題字をおもう。
今月、日記を美恵さんに送れるのだろうか、神戸の中華料理屋を思い出しながら、ぼんやり考える。結局送ることになるのだろう、砂の下半身のサラサラいう音に耳をそばだてつつ、考えている。新感染者数18765人で、陽性率は5,59%。死亡者数551人。

3月某日 ミラノ自宅
今日も一日学校でレッスン。息子の誕生日祝を用意し、午後にケーキを受取りにゆくよう指示を書き朝早く学校に着くと、正面玄関脇のベンチでタバコをふかしていたチェロのアルフレッドに声をかけられる。
「ワクチン打ったよ。物凄く調子が悪くなって39度の熱が出た。普段ワクチンなんて打ったこともないから、より酷く副反応が出たのかもしれない。今はもう大丈夫だけれど」。
こちらはまだ注射跡の疼痛も取れず、左手は余り力が入らず、口を開くのも億劫な感じがつき纏っているから、羨ましい。レッスン中もいつものように動き回れなかったし、頭はぼんやりしたままで、腕も自分のものではない感じ。
オリンピックに際して、選手たちのワクチン接種を義務化されると、本来の力を出せない選手も出てくるに違いない。
アストラゼネカのイタリア人研究者のインタビューが載っていたが、この副反応こそ免疫反応の記だからよい兆候だという。そうやって体に記憶させてゆくものだ、と明快な説明が付されている。新感染者数21267人で、陽性率は5,8%。死亡者数460人。

3月某日 ミラノ自宅
ミャンマーで110人以上の国軍による市民虐殺発生。
金沢で般若さん「河のほとりで」初演。「河のほとりで」のリハーサル録音を墓前で聴かせてきた、とティートから涙声で電話をうける。丁度今日が初演だったと伝えると、おどろいていた。新感染者数23839人で、陽性率は6,7%。死亡者数380人。

3月某日 ミラノ自宅
未だ朝起きると、軽く眩暈が続く。持病の眩暈と違い、疲れが原因ではないと自覚できるのが興味深い。暫く頭を持ち上げていれば気にならなくなるので、少し慣れてきた。

久保君から「かぎろひうつろふ」の楽譜を拝受する。初めて秋吉台で彼の楽譜を見たときから事あるたびに、materiaを信じて掘り下げるべきと伝えてきた。人を信じるように音楽を信じ、materiaを信じてほしいと思ったからだ。今、目の前にある楽譜は、文字通りmateriaが言葉を発していて、きらめく瞬間がそれぞれ質量のつまったmateriaに昇華し、心を穿つ。materiaに対応する日本語が思いつかないが、素材でも材料でもなく、中身の詰まった質量の高い存在のなにか。美味しい材料だからと殆ど手も掛けずに調理するときの、食材に近いもの。
「陽光に貫かれ 大地の胸に 一人佇む。気が付けば 思いもかけず 夜はおとずれる」。クワジーモドの有名な死の暗喩が、楽譜尾に書きつけられている。
若いのだから、そんな風に思わなくてよいと諭したくもなるが、思うところもあって少し泪ぐんだ。夜半、遠くで賑々しく花火が続いている。新感染者数16017人で、陽性率は5,3%。死亡者数529人。

3月30日ミラノにて