オトメンと指を差されて(55)

大久保ゆう

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搭載機能55 自動新訳(改訳)補正機能

翻訳を表示する際に、この機能が自動的に働きます。本文内にある訳文と、本文全体の物語解釈に相違点が見いだされた場合、その訳文から原文を自動推定し、その場で物語解釈に沿うよう訳文を補正しながら読書することが可能となります。なおこの機能は文体レベルでも使用可能で、ある本文を読みながらまったく別の文体で意味内容を受け取ることもできます。

たとえば、『とりかえばや物語』や『夜半の寝覚』といった王朝文学の訳文を読ませた場合、本文内の記述から〈貴公子は敵役〉と判定されますが、時代遅れの訳文においては〈主人公は貴公子に無条件で恋慕しなければならない〉という先入観または〈嫌よ嫌よも好きのうち〉という近代的男根主義に引きずられているおそれがあります。この機能では、現代のジェンダー研究による強力なスクリーニング効果によって、時代的な訳文からも新訳を取り出すことが可能となります。

これによって、『とりかえばや物語』は単なる倒錯的な変態性欲の下世話物ではなく、優れた能力を持った女性が自己実現のために男装を選択するも世の中や周囲のジェンダー規範によって暴力的に揺さぶられる心理をつぶさに描いた作品として、また『夜半の寝覚』は多情な女性が乱れた性を続けた挙げ句初恋の貴公子の元へ戻る凡庸な話ではなく、レイプされPTSDとセカンドレイプに苦しむばかりかそのレイプ犯にストーカーされ続ける女性を周囲がいかに守りその中から女性自身がサバイヴしていくかを状況と心理の積み重ねで描いた作品として、鑑賞することができるようになります。

補正機能によって強化された両作品の結末では、主人公が敵貴公子に一矢報いるクライマックスが一層鮮やかになり、とりわけ後者での主人公が積年の想いである〈いかに貴公子が最低な人間であるか〉についてトラウマを乗りこえて吐露する様にはきっと胸打たれることでしょう。

新訳補正機能では、このように原典文芸の〈当時の社会に対して挑戦的であった〉または〈文学を書きつづることによって人生と戦おうとした〉ニュアンスを鋭敏に感知したり、ほかにも作品のテーマ性ないし語りの立ち位置を重要視した上で強調したり、一定の解釈を強める効果があります。詳しいオプションについては次項をご参照下さい。

機能はデフォルトでオン状態になっていますが、オフにすることもできます。ただしオフにした場合は、既存の訳文の解釈を無条件に受け入れることとなりますので、くれぐれもご注意下さい。

搭載機能55-2 自動新訳補正機能のオプション

オプションウィンドウでは、実行する補正機能を選択することが可能です。前項で挙げたジェンダー研究スクリーニングのほか、一人称検知や訳度調整といった項目があり、これらはダウンロードによって機能追加することもできます。

一人称検知では、一人称で記された本文から語り手の年齢職業性別といったパーソナリティを自動推定し、その情報を明示的にした口語的訳文を提出することが可能です。マニュアル操作によって推定情報を変更することもでき、これによって訳文の様々な読み替えが可能になるでしょう。

訳度調整では、座標内の一点を指定することで、訳文の硬軟を変更することができます。座標空間は死訳・過訳・胡訳・逐訳という4つのゾーンに分かれていますので、お好みの訳文に合わせてバランスを微調整して下さい。また、極端な訳文がお好みの場合は、座標空間の限界近くに点を設定すると、生成することができます。

ダウンロードによって追加可能の機能の一覧は、随時更新予定です。情報を登録することで、最新情報を常に受け取ることが可能です。登録については、こちらからアクセスして下さい。

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