休みの間に

高橋悠治

静かな新年。4月まで休みにしたが、何もまとまったことはしていない。音を書く、作曲というより、音の空間に線とその変化をスケッチして、手が動く変化の跡を追ってみようか、と思っているうちに2ヶ月が経った。音の群れが飛び立つ様子を、即興というよりは、引用と歪み、それらの断片を継ぎ合わせる。だが、これはまだやっていないことだから、しばらくはピアノを練習して、手が動くようにしておこう。

シューマンの「詩人の恋」のピアノを練習する。ヒンデミットの「マリアの生涯」の旧版と新版とを照らし合わせてみる。そんなことをしているうちに、何か思いがけない変化が起こる、という期待はない。

一柳慧が亡くなった。磯崎新が亡くなった。コロナが流行しているうちは、人に会うこともなく、新聞も TVも見ないうちに、時が経っていく。

点ではなく、短い線の集まり。 ストラヴィンスキーが毎日30分ずつ書いていたように、何のため、というより、毎日の仕事としてページを音で埋める。そのほかに、ピアノを1時間ほど弾く、とする。