掠れ書き30 ぐるぐる、うろうろ

高橋悠治

本を読み、いくつかのコトバを書きとめ、時が経って見なおすと、なぜそこにあるのかがわからなくなっていることがあり、それらを書き抜いたおなじ本をひらいても、どこにあったのか見つからないことがあるのは、本を読むというより、コトバをひろうためにページをめくっていただけだったのか。そこにあったコトバが飛び石になって書かれていないコトバを呼び出した後になると姿を消してしまうなら、それらの意味ではなく、音楽のため、輪郭のまわりに漂っていた糸の束をたぐり、闇のなかから現れる舳先に乗り移ったら、泡のように薄れる感触の記憶のために、立ち止まり、手を動かして印を付けてから離れた仮の足場というだけだったのか。

こうして毎月「水牛」のサイトに書いていると、またおなじことを書くと言われ、自分でもこれはもう書いたと思うこともあるので、以前のファイル、この「掠れ書き」と題したものよりずっと前の1990年代のファイルに眼を走らせてみても、たしかにおなじコトバ、おなじ主題が浮かんでは消えているのがわかるが、この循環がひとつの言語ゲームのシステムになり、それらのコトバを要素とする構造をつくっているかもしれないと思える時もある。ただしその思いは外側からの観察にすぎないし、そんなことを思っていたら何も考えられず、書くこともないだろう。ひとがブログを書くように、私的な事件や感想を、だれが読むのかわからない場所に書き続けるほど不安だともいう自覚はないが、意識して自己検閲する必要も感じていないとも言える。

物語には言語では言えない行間が残ることがあるだろうが、物語を書いた小説を読んでも行間を感じることはほとんどないので、解釈や分析のようなよけいな手間をかけるより、読まないでいるほうがいいと思ってしまう。詩を読むのは歌のテクストをさがす必要からで、とは言っても、こどもの頃からシュールレアリスムの詩人やマヤコフスキー、西脇順三郎や北園克衛を読んでいて、詩を書こうと試みたことが何度もあったが、詩人のようにコトバを対象として、実在のように見ることもできないし、というのも詩人ではないから、これはいいかげんな想像か粗雑な一般化かもしれないが、コトバは泡のようなものという感じがあるのに詩が書けるわけがないと気づいてからは、音楽だけでも手にあまることもわかってきた。まだ残っている詩への関心は、その構造や「哲学的内容」に対してではなく、語り口、トーンのほうだろうか。歌のために詩を読む場合は、コトバのリズムとイメージから音楽が現れてくるのを待っていることがおおいが、意味をもたされたコトバ、表現や表象の意志が見えると、コトバは重く粗くなる気がする。

考えつづけ書きつづけていると、たしかにおなじところに何度ももどってくることがある。それが「いま・ここ」だとすれば、循環システムはおなじ地点を通過してもその都度ちがう道がひらけてくるという気になるし、いつも小さな変化があり、文脈が変わり、構造もいずれ変化するのは、固まったように見える部分も何回も接触を重ねるとすこしずつ崩れ、ちがう構造が見えてくるからだろうから、そう考えれば、構造は残された足跡にすぎず、見えない通過のプロセスは、足音が聞こえるだけだと言いたくもなる。

詩には結晶のような構造が可能だと思っていた時もあった。ロマーン・ヤーコブソーンのボードレールやブレヒトの詩の分析は、それ自体が詩の輝きだったことを思いだすが、それも20世紀という、構造にとりつかれた時代の、二度とありえない闇の光かもしれない。

音楽も結晶のように見えた時もあった、と言うのも、詩への興味は、音楽の作曲の試みと並行していたし、いまもコトバを書くことは、音楽を書くことと切り離せない。そうでない音楽家もいるが、ここではコトバは音を考える時の、触媒や比喩として使っていると言えるだろうか。音楽が場であり、コトバは音が枝分かれする痕跡を見えるようにする霧箱として使っているとも思える時がある。

20世紀はまだ、崩壊する啓蒙主義の時代だったから、合理主義は19世紀的個人の陰画である非日常や夢の領域を合理化し制御しようとして限界まで拡張していったようにも見える。確率論や不確定性も、計量化ができないなら、せめて概念化して管理しようとする後退戦だったかもしれない。システム論は、全体構成、または中枢による制御から、しだいにミクロからの自己組織にすり替えられていったが、構造や構成要素の実体化からはなかなか逃れられないようだ。関係のネットワークという考えかたも、要素への分解と再統合という合理主義の痕跡が感じられる。フラクタルも全体と細部との相似形だし、複雑系もファジーも部分的管理を足がかりにした支配願望があるようだ。

全体があるという無意識の前提なしに、偶発に備え対応する日常を、定義も分析もせずに通りすぎていくのが、生活している時間で、はっと気づくと、いままで何をしていたのかを思いだせず、気づいたはずの意識が気づいたそのことをそのままに置き去りにして循環しつづけているだけでなく、その意識さえさらに意識化して、別な循環の環を生みながら、重なった輪をすこしずつずらしていくうちに、忘れられた時間だけでなく、考えの行く手を追うのに必要な時間をもとうともせず、その瞬間に落ちてきた次の偶発を追って似たようなプロセスがまたはじまるのは、外側から見ると、雨の後で水面に落ちる名残のしずくが、波紋をひろげ、それが消えかかると別なしずくの波紋が、前の波紋を吹き消していく、そんな風景を思い出させる、と言ってもいいだろうか。

1960年頃、クセナキスが日本に来るすこし前、秋山邦晴が Achorripsis を聞かせてくれた、と思うが、そうでなかったかもしれない。このタイトルは迸る音を意味するらしいが、楽器があり、ヒトがいてそれを鳴らすという前提だけで、それ以上何の意図も「音楽的」形式もなしに何が起こるかを追求した結果と言っても、この音楽には意志があるように聞こえていた。偶然降りかかる災いのなかで生き延びていくばかりか、偶然の事件が多くなればなるほど、それらをまとめてある性格を持たせ、確率として理解し、できれば制御し、乗り切ろうとする、亡命者の意志のようなものを聞き取っていたのかもしれない。半世紀以上が経ってから、それを聞き直してみると、バラバラで予測のつかない音の雨も、記憶のなかにあったものよりはかなり穏やかに響いたのはどうしたことか、現実世界の暴力のほうが、予想を越えてエスカレートするばかりなのに、音楽はあの頃の孤立の厳しさよりは、同時代の不連続な点と抽象という共通の徴のなかに、ともすれば収まりそうになっている。

ランダムな音の発生とそれらの制御は、デジタル的に粗い近似によるエレクトロニクスやコンピュータ音楽の画一的な響きをともなって、もはや新鮮でないが、代案がない状態のまま、大量生産され、忘れられていくよりしかたがない。電子音はどんなに複雑な操作で作っても、スピーカの膜の振動という物理的な限界を越えることができないように見える。だれもいないところで鳴っている機械音は、あれ以上なんとかならないのだろうか。と言っても、中央管理方式の大オーケストラの音にもどることもかんたんではない。そこは19世紀ヨーロッパのレパートリーがあふれていて、死者たちとの競争には勝てないばかりか、オーケストラという旧式機械工場はどこも経営難で、国家に買い取られるか、破産しているようだ。

構造からプロセスへ、全体の透明性から、すでに動いている見えない手の指すままに旋回していく、世界や時代とのかかわりかたがあるはずで、でもそれは、離れた場所で人知れず、小さな実験を重ねていくことがせいぜいで、それもいまはできるかもしれないが、いつまで続けられるのか、外部からの介入がなくても、続けていることそれ自体によって空転し、解体してしまうのではないか、という状況ではないだろうか。しかも、外側からの撹乱がなくて、どうして続けられるだろう。全体からでもなく細部からでもなく、分析でも綜合でもなく、ネットワークや安定したシステムや方法でもなく、見ることが見られることで、聞くことが聞かれることであるような、そういう場が、壁の向こう、窓の向こうにあると想像してみよう。もう忘れていた昔あったこと、読んだコトバから、すこしずつ、手がかりを拾い集める、そこから……