吹き寄せ控えの二

高橋悠治

その時の感じは褪せてゆき 遠くなり よびもどしても もどってこない 忘れてもかまわない 時がたつにつれて みちてくる別な感じがする

長い音 短い音 息継ぎの記号だけをつかって 音をかきとめ ちがう音がいっしょにならないように 入りをずらす フランス17世紀の鍵盤楽器をつま弾くやりかた ずれがあれば そこから奥行きがうまれ 切り口から 半透明の乱れがのぞく 数えられない ゆるい見はからい ゆれうごいて さだまりにくい すがたがすぎていく

連句の付けと転じは すすむのか もどるのか ちがう付けをためし やりなおすとき 向きはかわって 見えなかった脇道をすりぬけて もとの方向に近づくかもしれないが おなじ道には出られない

やりなおし つなぎかえ 折り目がすりへり 角のないところに角ができて 節目が移る つづけているとできてくる すこしずつなぞりながらすすむ線の跡を なるべく消さないで 折り重なりをほどきながら ひろげてのばす

即興が 音と 音が消えていき 消えそうになってまた 音になってもどってくるのを聞きつづけることで 時間を埋めているのか 消えかかる余韻を散らせる空間を すこしずつ造りあげているのか そういう手しごとを 記号をつかって紙の上にじかにかくか コンピュータのメモリにかきこめば 手続きの跡がそのまま保存され それをさまざまに読み解くもうひとつの手続きを通して 似たようでも それぞれちがう音の束を作り 空間の華になってひらき散っていく

音楽のあそびは 思想や感情 論理や意味でしばろうとする制度をさけて 人の知らない道をさがし 不安な旅をつづける