近づく気配から身をかわし

高橋悠治

すぎてゆく
はなれる
<どこへ>はない
近づく気配から身をかわしつつ曲がる跡を残して
未来へ後ずさりしつづける
<どこから>が<生きられた瞬間の闇>(エルンスト・ブロッホ)を透かして
無数の可能性を唆している

即興からはじめる
まずうごきだす
うごきによってうごきの外側に世界がつくられる
うごきの内側には何があるのか
うごいているものはあっても
うごきそのものは見えない
霧箱のなかのうごきの跡にしばらく残るかたち
空間も時間もリズムとしてしばらくは瞬いている

世界はいつも外側にある
霧のようにうごきをつつみ
うごきに押しのけられる空間を残し
墜ちながら手の届かない空間をふりかえる時間を感じる

雨は落ちながら曲がる(ルクレティウス)
交差とかかわりの予想できないなりゆきから
いまでないいつか ここでないどこかから
ちがう線がのびてゆくそのとき
うごきはひとつのうごきでなく
可能性の束がもつれながら
断ち切られないうねりとなってつづく
上も下もなく 前も後もなく
偶然の選択というより瞬間の意思として
世界に問いかけながら 応えながら
くりかえされる試みの重ね書き

ブレヒトとベンヤミンをよみかえしながら
軋りながら紙を掻きむしるペンの紡ぎだす物語についていった
カフカを思い出しながら
世界の実験室を口述するエルンスト・ブロッホをよみすすめながら
プロセスそのものからつくりだされるまだない音を追って
20世紀音楽の構成主義
固定され順序づけられた要素の組み合わせから離れられない方法主義のかなたに
さかのぼりながら宙に浮かぶ鬼火に照らされた歴史の闇にはいってゆく