七月のコンサート三つ

高橋悠治

まずオーケストラアンサンブル金沢メンバーとの室内楽。ひさしぶりのバッハのクラヴィーアコンチェルト、だれも知らないハイドンのトリオ37番など。統制されず協調による合奏の、ゆるく束ねられたポリフォニー。室生犀星の詩6篇の朗読と室内楽のための作曲は、楽器の音色のずれた線と沈黙をはさんだ断片。他の日本の作曲家のようにオペラもバレーも書かず、オーケストラ曲もなく、音楽監督や教授などにはならず、賞とも無縁でいれば、ピアニストの趣味の作曲と思われているのだろう。

そのピアノだが、60年代以来、同時代音楽からしだいにクラシックに重点が移動してきた。一応の需要に合わせていればきりがなく、だれもききたくもない作曲などよりは、バッハかサティのように無害無益な音楽をやったほうが、クラシックファンの現実逃避の暇つぶしには向いている。もっとも日本の演奏家の弾くクラシックは、だれかヨーロッパ人が次に弾くまでの埋め草でしかない。こんなことでは、他の演奏家の手伝いをするなら多少の意味もあるだろうが、派遣労働者とおなじ、もっと安上がりの演奏家が出て来るまでのあいだでしかない。

水戸では作品の個展もあった。『高橋悠治の肖像』というタイトルは、ブーレーズとベリオに続く3回目と言われれば、聞こえはいいが、日本の作曲家たちとは何のかかわりもないし、だれも聴きにこないのが現実だろう。60年代のピアノ曲から最近の作品まで、オルガンやギターなど、ほとんど演奏する機会もない曲も演奏され、あたらしい演奏家たちとつきあうなかでそれなりの発見もあったが、これらの音楽はすべて過去のこと。じっさいに演奏してみると、いまはない「水牛楽団」のスタイルがいまでも新鮮だった。ここからやりなおして、ちがうところに行けるかもしれない。このどうしようもない世界のなかで、殺され死んでいったひとたちの記憶、まだない世界の兆しをはらむ響き、音の自律的なうごきと関係が織りだす変化の軌跡が、不安定なリズム、ゆれうごく線とわずかな彩りで一瞬浮かび、ずぐにまた消えてゆくような音楽の幻。

先月の小杉のための新作「あたましたたり」につづいて、さがゆきのための「眼の夢」を新宿ピットインで初演する。即興のために「書く」のはむつかしい。スタイルのちがいを透して見えてくる「かたち」を、どのようにあらわすか。いままで使ったどんなやりかたも、その場限りのものだったし、毎回考えなおしても、共通項も、基本原理もない。システムも方法もない。たえず変わる感覚もあてにならないし、定義も理論もありえない。といって、状況しだいでやりくりしているわけではない。共同体も信仰もイデオロギーも崩壊したいま、そこにはたらくのは、たぶん社会的な身体の姿勢とでもいうべき方向かもしれないが、それを語ることばはまだない。まだないものは、すでにないものと似ている。そこにあるものが、そこにないものを見せる鏡であり、ここに見えるかたちは、ここにないものの影にすぎないという、反歴史の行為。