瞬間の音楽 きっかけの

高橋悠治

シューベルトのメガネ あの小さな丸い枠
もっと昔の音楽家のメガネをかけた肖像画は
思い出せない
紙の上にしっかり固定された音楽 音の絵
古典主義の単純さと大きくなっていく構成
白いアクロポリスの神々
色あせた廃墟

メガネをはずすとぼやける楽譜
それでも頭のなかで鳴りつづけるダクティル
中心のアクセントからはずれて
あてどなくさまようリズム
トンタタ トンタタ 駆り立てられて
行き場のない内側の旅

個人主義と個人の力ではどうにもならない
システムの大きさ
窓のないモナドのモザイクに 組みこまれないように
つなぎとめる ことばのない歌の
語らないことばが 検閲をくぐって
くりかえし くりかえし 執着する
かなしみ
音楽の政治思想