製本かい摘みましては(112)

四釜裕子

8月はじめの暑い暑い日だった。用事が済んでとにかく涼みたくて喫茶店を探していた。そういえば間もなくオープンするという製本カフェはこのあたりではなかったか。ダメもとで行ってみた。不忍通りとへび道をつなぐ小径のなかほど、「Coffee & Bindery Gigi」の看板が出ている。そして “プレ・オープン” の文字。ラッキー。クーラー、クーラー。昼前のはずだが1階のカウンターはすでににぎわっている。「よかったら2階へどうぞ」。腰掛けているひとたちの後ろを通って天守閣行きのような急な階段をのぼる。正面に窓、大きなテーブル。窓からは眼下に小径、通りをはさんで並ぶ家々は間近だ。部屋の反対側にはペンキや工具が山積みしてあり、作りかけの棚や台がそのままになっている。今日も閉店後、作業が続くのだろう。クラウドファンディングによる資金調達もしているので、そのためのプレ・オープンでもあるようだ。このあと「機械」を入れて製本工房にするという。アイスコーヒーを注文。

「製本」と聞いて、カッターや目打ちやボンドや糸を使う製本ばかりをイメージしていた。個人で持つには金銭的にも場所的にも負担が大きいシザイユやプレス機、かがり台などの「道具」が揃えられると思っていた。ところが「機械」を入れるという。このスペースに並べられる製本のための機械って?! オーナーの澤村祐介さんに聞いてみた。するとそれはデュプロ社などの小さな断裁機や綴じ機などで、セルフで操作して中綴じや無線綴じの本を作れるようにするという。もちろんそればかりでなく、ワークショップのかたちでハードカバー製本などもやっていきたい、と。なるほど! お店の名前に「製本」ではなく「bindery」を入れたのは、紙を綴じて本にすることをきっかけに人と人とがいろいろに綴じ合える場所でありたいという願いだろう。なにしろ、機械がやるなら断裁も綴じもほんの一瞬なんだから。

灼熱の小径に出て建物を振り返る。さっき見下ろしていた窓を見上げただけで汗が出た。渋谷ののんべい横丁にあったNON(今もかたちを変えてあるかも)を思い出した。オンライン古書店メトロノーム・ブックスの江口宏志さんが2000年頃に友人と始めた古本バーで、店は狭く階段は急、2階の書棚や店のあちこちに江口さんセレクトの古本が並んでいた。当時のオンライン古書店の中で品揃えも言葉や写真も見せ方もだんとつ目立っていたメトロノーム・ブックスはその時点でおおいに世間に出ていたわけだけれど、薄汚い横丁に開店したときはなにかこう、こっそりしかしずいぶん眩しく “世間” にあらわれた感じがしたものだ。あのときと同じ、始まりのいい匂いがすると思った。