製本、かい摘みましては(34)

四釜裕子

名古屋の書店+ギャラリーの「コロンブックス」から、書家・華雪さんのミニブック『esquisse 島』が届く。「島」をテーマにした書と篆刻の作品展にあわせて、その習作として作られた本だ。会場を訪れた日、そこにはこの本の原稿となったさまざまなものが蛇腹に継がれてあったが実物はまだなくて、完成を待って送ってもらったのだ。A6判24ページモノクロ印刷、中綴じホッチキス留めされたなかに4点のカラーの貼り込みがある。袖と背幅を出して折った表紙カバーはカラーで刷られ、全体を通して原稿用紙の罫線がアクセントになっている。華雪さんが、ある島を訪れたときに手帖に残した書き文字もある。鉛筆だろうか。文字の太さはばらばらで、○で囲ったり×を重ねたり→で別の言葉を導いたり。会場に展示してあった篆刻作品のなかで一番好きだった「合同船」という文字が生まれた痕跡も見てとれる。なるほどこんなふうにして、これでもかこれでもかと書家に言葉がおりてくるのかと思う。

華雪さんは書家としての活動をはじめた当初から、小さな本を主に私家版として作ってきた。各地で個展を重ね作品集も出しているのに、あいかわらず今回もこうして小さな本を作った。豆本のように、最初からその大きさをめざして作られた小さな本をわたしは好まないが、必要な大きさを考えた結果仕上がった小さな本は大好きだ。この『esquisse 島』が、小さい本であるほんとうの理由は知らないが、過不足なく与えられた紙面に「島」という字の物語を追った華雪さんの旅をなぞるに充分な地図が描かれているようで、何度もページをめくっている。作品を観ることと図録を読むことは別だし、そもそも『esquisse 島』は「島」展の図録ではないけれど、てのひらのうちで展の全体像をゆらりゆらりと反復するのは楽しい。

コロンブックスに行く前にその日は、熱田神宮近くの紙店「紙の温度」に寄っていた。国内のみならず世界各地の手漉き紙を9000種以上、洋紙もたくさん、紙を用いたあらゆる工芸に必要な道具や材料も揃ってトータルでおよそ20000点、各種教室や体験講座も開いているという。レジ周りは普通の文房具店の匂いも残っていて、紙を扱う専門家から子供たちまで誰がきても満足できる、とにかく「紙」にまつわるなにもかもがこれでもかこれでもかと並んでいる店であった。製本に使う接着剤やへらやワックスペーパー、修理に使う和紙や箔押しの道具ももちろんあるし、初めてみるものもたくさんあった。たとえば「クイリング」。完成品は見たことがあるが、その名前は知らなかった。材料である色とりどりの細く切った紙、そして専用の道具も、きっとなにか製本に使える。

「紙の温度」の前には、活版地金製錬所を見学していた。そこは50台のトムソン型活字鋳造機のほか、ベントンの母型父型彫刻機、ハイデルベルグの印刷機、箔押し、空押し、角丸抜きなどのための小さな機械、卓上活版印刷機、研磨機、顕微鏡、積み上げられたインゴット、たくさんのパターン、たくさんの母型、たくさんの活字……。メンテナンスの行き届いたあらゆる道具が、決して広くはない場所に、これでもかこれでもかとやはり並んでいたのだった。これほどなにもかもが一つところで見られる場所が、他にあるのだろうか。帰り際見せていただいたのはなにか金属の塊で、固まりきる前に折った断面に結晶がきらめいていた。「ほら、きれいでしょう」。鉛だと聞く。美しかった。見学の間にいただいた昼飯はお櫃入りで、ふたを開けたらこれでもかこれでもかとひつまぶしが詰まっていた。そういえばモーニングは、これでもかこれでもかとゆでたまごが積んであった。これでもかこれでもか。名古屋、満喫。