美篶堂(みすずどう)の上島(かみじま)真一さんによるハードカバーの製本ワークショップにでかける。二つ折りした紙を束ねて、無線綴じA5横型のスケッチブックを作るのだ。美篶堂のことだから、無線綴じとはいえしっかりした作りのはずで、教えてもらう機会をずっと狙っていたのだった。春一番吹き荒れるなか会場の青山ブックセンター本店に着くと、教室型に並べられたテーブルの上に、ハケやハサミ、タオル、ペン、定規などの道具や、洋紙、ボール紙、寒冷紗などの材料が一人分ずつきちんと揃えられている。短い時間で参加者が課題をこなすためには不可欠な準備と思いつつ、こそばゆさや気恥ずかしさを感じながら席に着く。両手を膝のうえにのせ、よろしくお願いしますと言う。
本文用紙にはヴァンヌーボが用意されている。20枚を二つ折りして、折山にハケで水をひと塗り。上からおさえ、折りを落ち着かせる。「水寄せ」といって、和本製本ではよく行われてきた方法だが、今回のようなやや厚めの洋紙にも応用できる。さて実は最初から、テーブルに小さな紙コップが一つずつ用意されていて、そうだな今日は風も強いし寒いから、途中いい具合でお茶が出るのかもと勝手想像していたのだが、そうではなくてこのときの、ひと塗りのための「水」が入っていたのであった。なんとも万端なことである。さてこれまた用意されたなかから好みの色の「見返し」用の紙を選んで二つ折りし、背固めにうつる。
背にボンドをたっぷり塗ってよくつきそろえ、裏貼りしていない寒冷紗を貼り、そのうえからまたボンドを塗って背紙を貼る。工程はこれだけだ。折山をたばねた背にカッターで切れ目を入れるとか、なにかしらコツがあると思っていたがさにあらず、使うボンドが肝心らしい。私がふだん使う木工用ボンドで同じことをやったら、乾いてのちに割れるだろう。固まっても柔軟性が残るボンド、それを使うのがコツなのだ。巷の本は今やほとんどが無線綴じだが、糸綴じと開きの良さにおいて甲乙つけがたいほど工夫された製本法もあるし、なんといっても、固まっても粘りの残るボンドによって、ページの開閉を柔軟に受け止めることができるようになった。商業ベースの先っぽにも目が届く美篶堂ならではの道具立てだ。ちなみにそのボンドはコニシボンドのなんとかというやつで、美篶堂のショップ(東京・御茶ノ水)で小分け販売しているとのこと。
さて続いて表紙貼り。表紙クロス(裏貼りされた布)が用意されている。これまた採寸断裁の必要はなく、色だけ選ぶ。台紙となるボール紙もすべて断裁済みなので、表紙クロスにボール紙をどう貼っていくのか、その目印だけつけてゆく。接着剤は水溶きボンド。ハケを入れるとかなり薄い印象を持つ。ボンド:ひめのり:水=1:1:1の混合で、もちろんボンドは「肝心なボンド」を使う。上島さんは、6cm幅のハケで表紙クロスに塗っていく。お、こっちですか、塗るのは。かつて製本工場の束見本を担当する職人さんを訪ねたとき、やはり布クロス側にニカワを塗っていたのを思い出す。いつのころからかの習慣で、自宅で私がやるときはいつもボール紙に接着剤を入れている。改めて習ったときのノートや本を開いてみると、確かにみんな、”ボール紙派”だ。だがそうでなくちゃならない理由はわからない。職人さんはニカワを使うからそっち、私はボンドでやるからこっち。そうかも知れぬ。だがそればかりではなさそうだ。
話戻って。上島さんは悠長に、「水分を含むと伸びますからこんなふうにそっくりかえります、様子をみて落ち着いたところで貼ってください。これは布ですからまだいいんです、紙ですともっとそっくりかえりますからその場合は一度塗って少し時間をおいてもう一度……」と説明しながら作業を進める。説明は聞きたいがボンドが乾いちゃうじゃないかとわたしは思う。「指で触って乾いていたら、ちょっと、ほんのちょっとですよ、もう一度塗ってください」。そう、乾いたら塗ればいい、位置がずれたらやり直せばいい。位置が決まったら台のうえで見返し側にタオルをあてて、内側から外に向かってしっかりなでる。表紙と見返しの隙間にボンドをまんべんなくしみこませてゆく感じ。なるほど少々塗り残しがあったとしても、ここでつじつまが合いそうだ。念入りが過ぎて過剰なボンドこそ御法度で、適切な接着剤を適切な分量だけ紙に塗ることができるなら、はみだしを気にして余計な保護紙を使ったり、プレス機に頼る必要もないのだろう。
翌朝、一晩寝かせたスケッチブックをやや強引に開けてみる。机にきれいに、平らに開いた。素材や道具の改良に常に耳を傾けて、確かな技術で受け止めて今も制作を続ける製本職人の、そしてそれを伝えてくれる美篶堂の、うつくしい仕事の一端なのだなあと思う。