製本かい摘みましては (116)

四釜裕子

水を使うことなく古紙を新しい紙に作り変えるというエプソンのオフィス製紙機「ペーパーラボ」を「エコプロダクツ 2015」で見る。デモが始まってまもなく「では、入れてみます」と幅2.6×奥行1.2×高さ1.8メートルの機械に1枚の古紙が投入された。紙を作ると聞けばどうしたって抄紙機を思い出すわけで、となると目の前にある機械はあっけないほど小さいのだがオフィス仕様というわりには大きく感じる。人だかりを前に淡々と説明が進むうちに向かって左側の吐き出し口から1枚の紙が出てきた。さっき入れた紙がこの3分で白い紙に生まれ変わったという。機械の内部が見えないので実感が持てない。1枚の再生紙に使われる古紙は1.2〜1.3枚分、1分間にA4サイズなら14枚、1日8時間稼働すれば6,720枚が製造可能、2016年には実用化したいと言う。

水を使わないとなれば目も表裏もないだろうからビリリと破るとどうなるのか試したかったのだけれど、できた紙を持ち帰ることはできなかった。係のひとに触らせてもらうと、柔軟性に欠けていかにも押し固めたふうでパリパリしているだろうという想像とは違っていた。言ってみれば見た目にもごくふつうのプリント用紙で、会社で使うには十分のようだ。色つき紙もあった。色上質紙にあるような淡い色が作れるそうで、機械の上部3割程度のスペースにはそのためのインクカートリッジが入っていた。香りもつけられます、風合いもいろいろできるようになります、と言う。そういうことよりも機械がよりコンパクトであることをアピールしたほうが初披露には良いのにと思ったが、社会にはアップサイクル(Upcycle)というキーワードがあるようだった。

さて、そのしくみとは。モニターやパンフレットにはイメージ画像とともに「ドライファイバーテクノロジー 使用済みの紙→繊維化→結合→成形→新たな紙へ」の文字がある。ブースで名札をさげたひとをつかまえると限られた言葉で説明してくれた。まず、古紙に機械的衝撃を加えて繊維化する。繊維化ってどうなるのですか?と尋ねると、ガラスシャーレに入れた実物を見せてくれた。細かいチリの塊というか綿ぼこりを少しギザギザにしたような白い物体で、しかし蓋は開けてくれなかった。古紙の表面に付着していた色などはこの機械的衝撃で分離されるという。次に、結合素材を加えて繊維をからませ、あとは加圧して薄くする。結合素材はプリンタのインクカートリッジのような交換式になるようだ。色紙にする場合は繊維に色成分を、白度を増す必要があれば白を加える。シンプルなしくみだけに「機械的衝撃」という言い回しが衝撃的で、これがどんな技術の応用で、あるいは他にどんな可能性があるのか、とても興味深い。

通常、古紙は、まず水の入った大きなミキサーのような機械に投入されて水と混じりながら繊維にほぐされ、異物をのぞいてインキを抜かれると古紙パルプとして紙作りの原料となる。抄紙機では水で薄められたパルプが薄く網にふきつけられて、脱水、乾燥、プレスなどを経て紙になる。とにかく、水、水、水。水に繊維を泳がせることで繊維がからみやすくなり、結果丈夫な紙になる。水の流れの向きに繊維が並ぶので紙にはおのずと「目」ができる。一枚の紙を縦と横に折り比べればその紙の目がわかる。折り曲げやすい向きがその紙の目だ。本や雑誌はみな自分の天地に紙の目が合う。そういうふうに作られるから、図書館に並ぶ本もネット本屋の書影も机に置かれた同人誌も、どれもみな水や樹々の流れを背に負っている。浴室の排水口に向けて髪の毛が並ぶのも似たようなことだ。相似が世界を近くする。

JIS(日本工業規格)によると紙は「植物繊維とその他の繊維を絡み合わせ、こう着させて製造したもの。なお、広義には素材として合成高分子物質を用いて製造した合成紙、合成繊維紙、合成パルプ紙の他、繊維状無機材料を配合した紙も含む」とある。ペーパーラボが作るのも紙に違いはないが、特徴をあらわす別の愛称をいつか得て欲しいとも思う。そもそも日常的に会社で使うコピー用紙は永遠ファイルするための丈夫さもしなやかさも発色の美しさもほとんど必要ないのだから、繊維が強靭にからみあっていなくてもいいだろう。プリントしたものを折って製本することもないだろうから、目の向きがどうこう言うこともない。それよりも、これまでの資源ゴミ置き場やシュレッダがペーパーラボの原料投入口になり、これまでのコピー用紙置き場がペーパーラボの再生紙完成トレーになることを思い描くと、タチの『ぼくの伯父さん』のような愉快をおぼえる。

古紙を原料にしたオフィス製紙機、と仮にくくって振り返ってみる。明光商会とシードによる溶解と抄紙の機械がセットになった古紙再生装置(2008 エコプロダクツ)や、ナカバヤシとオリエンタルによるシュレッダ紙片からトイレットペーパーを作る「ホワイトゴート」(2009 環境展)などが記憶にある。どれだけ今市場に出ているのだろう。水を使わずに紙を作るエプソンの技術は世界でも初めてのようで、同社は「Advanced Paper Project」と名付けた新製品プロジェクト第1弾として2011年から開発を進めてきたらしい。繊維化の技術は、自社のプリンタ内のクッション材などに既に採用しているとも聞いた。「紙の利用に感じる後ろめたさを取り払いたいという志で開発した。ペーパーレス化への流れを押し返したかった」(同社社長談 日刊工業新聞 2015.12.7)。いつか「紙は買うより再生する方が安い」をスタンダードにしたい、とも。会社あるいはビル単位で、バックヤードや地下に必ず一台となるのかどうか。年末、シュレッダゴミの袋をいくつも積んだトラックを横目に思ったことである。