赤い空が広がる(晩年通信 その13)

室謙二

 窓から見ると、赤い空が空全体にひろがっていた。
 日が登ると東の空が赤くなり、日が沈む時、西の空が赤くなる。これは「自然」のこと。ところが朝から昼へと何時間も、空を見回すと全体に赤色、というより濃いピンクである。凄まじいことになった。SF的世界だと思った。
 十一月十六日、東京の六倍の面積が燃える北カリフォルニアの山火事の影響であった。妻のNancyは、凄いわね、Mars(火星)に来たみたい。私は木星(Jupitier)かもしれないと勝手なことを言っている。どうなっているのか?と二人とも驚いている。
 雨が降らないこととグローバル・ウォーミングで、森林が乾燥している。それで何箇所から同時に山火事が始まる。灰が上空に登り、ただよい、それに太陽光線があたり赤くなる。光線の青色は吸収されてしまう。灰は少しずつ落ちてきて、我が家の二階デッキのイスとテーブル、パラソルを白くする。こんな大火事は、歴史的なことらしい。
 赤い空のサンフランシスコの写真を日本の友人に送ったら、「不謹慎ですが、非常にきれいな絵画を見るようで印象的です」との返事が来た。ショパンのピアノ音楽だなあ、美しいけど凄まじいのである。

 そして若いときに読んだSF小説を思い出した。
 細部は忘れてしまったが、全く別の天体に一人でいる。ちょうどこんな赤い世界が広がっていて、ひとりでたたずんでいた。植物も動物もない。生き物は自分だけ。自然の驚異のあとに、私だけが生き残ったのか、どこからか一人でここに来て永遠に住むのか分からない。私はただ呆然としている。
 この赤い空は、というてい、いつものカリフォルニアの空とは思えない。
 そこだけ見ていると、別の天体ではないかと思う。自然というのは、恐ろしいものだ。ふだんはその存在に気が付かないのだが、突然に事を起こす。

 メキシコシティから南へ

 Nancyの息子のTが、まだメキシコシティでアメリカの新聞の仕事をしていたころだから、三〇年ぐらいまえのことだ。遊びに行ったら、皆既日食(Total eclipse)を見に行こうと言う。Eclipseねえ、私たちは何も期待していなかった。そんなものがメキシコであるとも知らなかった。ともかくメキシコシティを出て、南に走ったのである。
 何時間も走り、日食の時間が近づいてくる。もうこの辺だと、部分日食ではなくて皆既日食が見えるはずだよ、と言って車を止めた。ハイウェイのそばに、広い原っぱがあって、あそこにしよう。とのことだが、本当は、いったい何をするのか?
 Tは、ススで黒くなった小さなガラスを渡してくれた。用意万端。
 原っぱに寝っ転がって、黒いガラスごしに太陽を見る。
 しばらくすると、太陽が欠け始めた。
 太陽はどんどんと欠けてきて、少しずつ暗くなる。日食である。ついに、太陽と月が重なった。太陽が黒い円形になった。
 皆既日食が始まる。
 何も期待していなかったので、ともかく驚いた。
 黒い太陽の周りに、揺れ動くコロナが見える。
 犬があちこちで吠え始めた。
 犬も驚いたのである。
 人間と違って、犬は皆既日食が始まるなんて知らない。突然に世界が暗くなり、太陽が奇妙な形になって輝いている。おどろきあわてて、興奮して吠え始め、それを聞いて、太陽を見て、別の犬が吠える。
 ハイウェイを走るクルマは、いっせいにライトを点灯した。
 これは凄い。何がなんだか分からないが、凄いのである。
 山火事の影響で赤くなったカリフォルニアの空を見て、太陽に月が重なり、暗くなりコロナが輝く。それを思い出した。
 「自然」は、いつもは気がつかない。ただそこにあるから。
 しかし突然に、自然は自分を主張する。
 空は真っ赤になって、動かない。あるいは、太陽が欠けて、コロナが輝く。

 八方ふさがりダブルパンチ

 私たちは「老人」というものになった。
 私は七四歳で、妻は七七歳である。
 すると、色んなことを経験するものだ。
 体は弱くなるし、記憶も途切れてくる。
 孫が何人もいて、「おじいちゃん」と私のことを言う。
 おじいちゃんねえ、ついこの間、私は少年とか青年だったのだが。
 死がどんどんと近くなってくる。まあしょうがない。
 そして今回は、日食ではなくて、コロナ・ウィルスである。
 日食は、自然発生であった。中国から始まったコロナ・ウィルスは、動物から人間に移ったものだが、それが自然発生だというか人工的な発生というか、意見の分かれるところ。もっとも人間社会は「自然発生」なのだから、人工だって自然なのだから、コロナだって自然である。
 コロナだからマスクをせよ、他人とは六フィート(二メートル弱)離れること。外から帰ってきたら、手を洗う。ゴシゴシと、石鹸を使って最低二十秒間。いや三十秒だ、とか。
 老人とか病気を持っている人間は、外出禁止。危険だ、と脅かされている。
 妻のNancyは、まだガンのキモセラピーをやっている。これでコロナにとりつかれた大変だ。
 それで私たちは、もう何ヶ月も家に閉じこもっている。
 コロナと山火事のダブルパンチである。
 すでにコロナの外出禁止で、そのうえ山火事の空気悪化だから外出はするな。まどを締めて家に閉じこもる。八方ふさがり。妻はキモセラピーだし私は偏頭痛とあって、ダブルパンチでいいことはない。ということもない。
 Nanami Muroがいるだろ。と言ってもロシアはソチだから、Skypeでしか会えない。
 二歳半の孫娘は、ロシア語と英語と日本語を一緒にカタコトで話す。
 彼女の写真をパソコンに貼り付けて、さてこの文章を書いた。
 前回の連載は、そんなエネルギーもなく、書くのをスキップしたのです。
 八方ふさがりとコロナののダブルパンチでも、いまは少しは気分も良くなった。
 火事の写真とビデオを見てください。ひどいものだ。
 いい日も悪い日もある。
 山火事も私たちも。

二〇二〇年九月一六日、カリフォルニアの山火事

二〇二〇年九月一六日、昼間のサンフランシスコ
https://www.youtube.com/watch?v=x_m9TUP_t_Y

追記。
加藤ケイジにこの文章を送ったら、ムンクのことを書いてきた。
ムンクの絵「さけぶ」の背景の赤い空は、インドネシアのクラカトア島の大噴火の火山灰がヨーロッパまで運ばれてきて、それに太陽光線があたって赤くなったのを描いたそうです。ムンクの日記に、書いてあるとか。1883年です。