アジアのごはん(97)南インドの米と豆豆カレー 

森下ヒバリ

南インドに行ってきた。南インドの東海岸にはかなり前に行ったことがあるのだが、西海岸のケララ州は初めて。ムンバイから飛行機でコーチンに着くと、眩いばかりの陽光と海、汽水湖、そしてヤシの木、ヤシの木、みどりの田んぼ。道行く人と目が合えば、大きな瞳に白い歯でにっこり。

「ここって、ほんとうにインド?」「おだやかやなあ」
最近はインド北部やインド北東部にばかり行っていたので、インドとは人があふれ、押し合いへし合い、常にアドレナリン出まくりの戦闘態勢でのぞむ国、という頭があった。しかし、ケララ州は、拍子抜けするほどユルい。初めてです、インドでこんなにリラックスした日々を過ごしたのは。

南インドのゴハンがこれまた、おいしい。もちろん、はあ?っていう店もあったが、普通の食堂で食べるミールス(定食)が野菜たっぷり、豆たっぷりの薬膳カレー料理とでもいうような、おだやかでさっぱりした味なのだ。ミールスは、ごはんに豆せんべい、そして野菜カレー、スープ、野菜のおかずがセットになったもので、お替りも自由。ベジが基本だが、魚や鶏肉・マトンなどのノン・ベジミールスもある。とりあえず、家を出た息子がこれを食べていればお母さんも安心、と思えるような定食である。

南インドのカレー定食、ミールスを食べ続けて気が付いたのが、南インドの食の基本は、とにかく米・豆・野菜であることだった。それにターメリック(うこん)・マスタードシード・しょうが・クミン・カレーリーフなどのスパイスを穏やかに使い、ココナツオイルで調理する。ミールスに必ずついてくるおかずが「サンバル」という豆でとろみを出した野菜カレーと、「ラッサム」というタマリンドで酸味を出したスープである。

サンバルは半わりにした豆(ダル)を煮てドロドロにしたものがベースのやさしい野菜カレーだ。豆はトールダルという小さくてちょっと四角い豆で、日本名はキマメを使う。野菜の具はいろいろあるが、よく使われるのがじゃがいも、オクラ、ドラムスティックである。ドラムスティックと呼ばれる細長い豆はモリンガの若い実で、煮ると中身がとろっとしてじつにおいしい。モリンガはラッサムにもよく入っているが、タイでも酸っぱい南部のカレースープ、ゲーンソムによく使われる。あれ、そういえばゲーンソムはラッサムにちょっと似ているな。

そして、サンバル用の豆を煮るときに、たっぷりの水で茹でてその茹で汁をラッサムのダシに使ったりもする。もちろん豆も入れる。ラッサムは胡椒とトウガラシのきいたスープカレーで、タマリンドの酸味とコクがすっきりと活かされている。

主食はもちろん、とにかく米飯。ケララ州に入ってから、ミールスについてくるごはんが妙にぷくぷくして丸っこいのに驚いた。炊き込みご飯のビリヤニのお米は細長いスカスカのバスティマライスなので、違いがよく分かる。アレッピーというバックウォーター(水郷地帯)の町でハウスボートという簡単な船のホテルに友人と一泊したときのこと。船のコックが作ってくれる食事のゴハンがまん丸のケララライスだった。この船で作ってくれる食事は最高に美味しかったのだが、ごはんのまん丸度もマックス。甘みがあってじつに美味しい。

「不思議なお米やねえ」「おいしい~」「こんなごはん初めて見た」と言いながら食べたのだが、その後もケララ州の食堂では、ぷっくり度合いに差はあるものの、このケララ米が出てくることが多かった。

じつは、このぷっくりケララ米には秘密があった。帰国してから知ったのだが、なんと、米の種類でもともとぷっくり丸いわけではなく、収穫後モミのまま一度茹で、さらにそれを乾燥させてから脱穀した米なのであった。モミのまま茹でると米が膨らみ、モミが割れて脱穀が簡単になるのだという。へええっ。そういえば去年ビルマのシャン州チェントンの市場でもカウ・ウーという茹で干し米を売っているのを見たのだが、旅の途中なので買うことはしなかったので炊いたらどうなるか、知らなかったのだ。あ~買っておけばよかった!

モミのまま茹でたり、蒸したりした米を潰して平たくして乾燥させたポハというものもある。(ネパールではチウラという)これは、揚げるとカリカリになり、ひよこ豆粉のスナックや炒り豆などと混ぜておやつとして売られている。アウランガバードのレストランで、ビールを頼むと必ずこのカリカリミックスがおつまみで付いてきた。このミックスに入っていたポハは、見た目はほとんどコーンフレークである。歯触りも良くておいしいので、ついつい手が伸びる。夕食前にお腹がいっぱいになってしまうので、食べ過ぎに気をつけなければならなかった。

初めはこのコーフレークみたいなのが何からできているのか分からなかったが、フォートコーチンで乾物屋に行き、いろいろ食品を眺めていると、ネパールでなじみのあるチウラを何種類も売っていた。インドではポハというらしい。しかも普通のお米を少し大きくしたようなポハ以外にもかなり大きなポハが何種類もあるではないか。うす紫色のものもある。へえ、これ米を潰して乾燥したやつだよね、と眺めていて、あっと気づいたのだった。あの大きなカリカリはこのポハの大きいのを揚げたものだと。しかし。2センチ×1センチぐらいに平たく伸ばされた、元のお米の大きさって??

カリカリミックスにする以外にもこのポハを戻してジャガイモやスパイスと軽く炒め合わせた料理もあるという。すぐ水で戻るので非常食にもばっちりではないか。なんどか買って帰ろうとスーパーでも袋入りを手に取ったのだが、大袋しかないのと、すぐ壊れて粉々になりそうな見かけに、わたしはため息をついて棚に戻したのだった‥。

カリカリおやつ、というと外せないのが豆粉でつくった揚げせんべい、パパダムである。パパダムはパパドともいい、南ではアッパヤムと呼ぶことが多い。スパイス入りとシンプルな豆粉と塩だけの2種類があり、南ではスパイスの入らない方が一般的だ。これまで日本のインド料理屋などではスパイシーなものしか食べたことがなく、実はあまりパパダムは好きではなかった。なのに、シンプルなパパダムを一口食べた途端、大好きになってしまった。シンプルなほうが断然うまい。

揚げる前の乾燥度合いも他の地域のものと違って、半生っぽい。日持ちはしないのだろうが、この半生パパダムのほうが、口当たりがやわらかいような気がする。パパダムはウラド豆、日本では黒いマッペと呼ばれる、もやしによく使われる小さな豆の粉(たまに米粉も混ぜられる)を練って、薄く伸ばして乾燥したもので、油で揚げて食べる。または火であぶってもいいし、電子レンジ(持ってないけど)で20秒ほどチンしてもいい。あっという間にぷくぷくと膨らみ、カリカリせんべいの出来上がり。

どうして南インドの人間は、お酒をあまり飲まないのにこうもお酒のつまみにぴったりなおやつを考え出すのか。いや、たまたまお酒に合うだけなんですがね。ポハの持ち帰りを断念したのは、実は四角いステンレスの箱を見つけて入手したものの、すでにそこにギュウギュウに乾燥パパダムを詰め込んで荷物がずっしり重たくなっていたからなのだった。

南インドで食事をしていると、気づかぬうちに米と豆ばかり食べている。わたしのおなかの腸内細菌たちもさぞや毎日喜んでいただろう。