アジアのごはん(72)ココナツオイルと朝ごはんの行方 その2

森下ヒバリ

ココナツオイルをたくさん食べるために、朝にトーストに塗って食べるようになって、ぽっちゃりと太ってしまった。だが、それはココナツオイルのせいではなく、それまで食べなかった朝ごはんを食べ始めたからだ、と気づいてからひと月。朝に炭水化物や糖を食べるのを止めて、わたしのわき腹の脂肪はするすると消えた。すばらしい。

ここ1年ほど毎朝パンを食べていたので、それをまたやめるのに少しだけ不安があった。それは低血糖症への恐れである。じつは、ヒバリは長い間、低血糖に悩まされてきた。お腹が空いてくると急激に血糖値が下がり、気分が悪くなる。イライラする。こういうのは誰でも多少はあると思うが、けっこう重症なのだ。しんどくなって何も考えられなくなり、精神のコントロールを失う。ひどくなるとヒステリーを起こしたり、吐き気を催したり貧血状態になったりする。ここまで来ると、その後いくら何を食べても体のダメージは大きく、寝込むことすらある。

低血糖状態になるのが恐くて、空腹が不安で、常に何か食べるクセがついた。ココナツオイルを生活に取り入れた時も、血糖値を下げないために朝にココナツオイルをたっぷり塗ったトーストを食べるようにした。ところが朝に炭水化物や糖と一緒にココナツオイルを食べるのは大きな間違いで、低血糖は改善しないうえにぽっちゃりと太ってしまったのである。

わき腹の肉をどうにかしたいという思いと同時に、この低血糖を何とかしないといけないという思いも強かったので、なぜ低血糖症状が出るのか、ちょっとお勉強してみた。炭水化物や糖分を食べると急激に血糖値が上がり、それを抑えるために膵臓からインシュリンが分泌される。すると急激に血糖値が下がる。血糖値が下がったからと糖質を取ると、また血糖値が急激に上がり、インシュリンが‥この繰りかえしで細胞がインシュリン耐性を持ちはじめると、血糖値が下がりにくくなりインシュリンがこれでもかと放出され続ける。血糖値は下がらず、膵臓は疲弊する。血液に過剰な糖が含まれ、さまざまな害が出る、これが糖尿病である‥ってやばいじゃん、低血糖を繰り返して、血糖値を上げるためにせっせと炭水化物や甘いものを食べていたのでは改善どころか、糖尿病へまっしぐらではないか。

とりあえず、朝食にパンはやめて、ココナツオイルだけを固まりで大匙2杯食べていたが、なんかなあ。けっこうお腹も空く。朝ごはんを止めるきっかけになった『最強の食事』(ダイヤモンド社刊、デイブ・アスプリー著)によると、ココナツオイルやバターをそのまま食べるだけでもいいが、より効果的な食べ方があるとのこと。その著者のイチオシ朝食は「完全無欠バターコーヒー」である。これはカビの生えてない最良の豆で抽出したコーヒー2杯分に牧草で育った牛のバター大匙2、ココナツオイル大匙2杯を加えて撹拌して乳化させたものである。何コレ、とふつうは思うよね、バターコーヒーだって!

世界中の食に関する研究成果といろいろな文化の食の知恵を探す著者は、チベットに出かけてチベット人の朝食というか日に何杯も飲む完全無欠なエネルギー食ともいうべき「バター茶」に注目する。著者はバター茶を応用して彼の言うところの「完全無欠の朝食」であるバターコーヒーを考えついたのである。

チベットのバター茶とは、煮出した黒茶(プーアル茶の一種)にヤクまたは牛の発酵バターやギー、塩を加え、ドンモという竹筒で作った筒状の手動攪拌機で撹拌して乳化させた飲み物である。品質の悪いバターや茶葉を使ってさえいなければ、おいしい。少なくともヒバリは雲南省やシッキムのチベット文化圏で飲んで、まずいと思ったことはない。あ、手抜きでミルクと脱脂粉乳を使ってミキサー撹拌したダージリンのチベットレストランのバター茶は飲めたものじゃなかったが。今年の2月に行ったシッキムでチベット正月の朝に宿でごちそうになった正統バター茶は本当においしかった。

3年前からコーヒーを体が拒否して飲めなくなったので、『最強の食事』のバターコーヒーは却下である。しかし、一応作って試してみた。牧草を食べて育った牛のバターは簡単に手に入らない上に高価、さらにヒバリはバターにも反応する乳製品アレルギーなので、コーヒーにバージン・ココナツオイル大匙2杯を加えてブレンダーで撹拌してみた。すぐに油は乳化して、カプチーノのようになった。1分ぐらいは撹拌した方がいい。で、味見してみると、おお・・これはウインナコーヒーだよ。生クリームは浮いていないが味はそっくり。なので、コーヒーを飲める人にはほぼ受け入れられる味であろう。

しかし、これにさらにバターを2杯入れて作るとたいがいの日本人は拒否反応を起こすかも‥。大量の油脂の摂取になれていない日本人はココナツオイル2杯にとどめておくのがいいと思う。これでも、はじめはお腹がゆるくなる人もいるかもしれない。加工した中鎖脂肪酸100%のMCTオイルも著者は勧めているが、これも日本人はトイレ急行であろう。加工品は却下。

コーヒー好きの同居人に飲ませてみると「え〜、何コレ」と嫌そう。「ウインナコーヒーみたいでしょ」「そ、そういわれれば、そうかも。まあ、だんだん馴染んできた」ということで、3回ぐらい飲めば抵抗もなくなりそうではある。

しかし、コーヒーが飲めないヒバリはどうしたらいいのか。『最強の食事』によると、紅茶でも試してみたが、ただの脂こいお茶になって飲めたものではなかった‥と。たしかにダージリン紅茶で作ってみると、紅茶に謝りたくなるような味であった。でも、チャイ用CTC紅茶で煮出してから作るといいかもしれない。ただし、インドのチャイのように砂糖を入れてはいけない。チャイ用の紅茶は家になかったので、どうしようかと考えていると、プーアル茶が眼に留まった。そういえば、チベットのバター茶に使うお茶はほとんどプーアル茶と同じである。ダージリンに行って紅茶に開眼するまで、ヒバリが一番愛飲していたのはプーアル茶だった。なので、わが家には上等なプーアル茶のストックがたくさんある。

久しぶりにプーアル茶をマグカップに一杯分煎れ、ココナツオイルを大匙2。さらに塩を一つまみ。ブレンダーで撹拌1分。ワオ、チベットで飲んだものにけっこう近い。というわけで、ヒバリの朝はチベット式塩バター(ココナツオイル)茶に決定。これを飲み始めてから、とても調子がいい。お昼までお腹も空かない。何かパワフル。そして、このひと月、まったく低血糖症にならなかった。空腹も怖くない!

低血糖にならない食事としては、朝に血糖値を急上昇させる炭水化物と糖分を食べないことがもっとも重要である。朝に食べてしまうと、一日中血糖値は上げ下げを繰り返すことになる。朝はココナツオイルコーヒーか、ココナツオイル茶1〜2杯のみにする。

前日の夜の食事から最低15時間おいて、昼食をとること。炭水化物や糖分は、必ず昼ごはん以降に食べる。野菜やたんぱく質は身体がほしい分適度に食べる。炭水化物や糖分は摂りすぎない。朝に食べないだけで、その後の欲求がぐっと減ってくる。

夜に炭水化物を抜くと、睡眠の質が悪くなるので、軽くご飯を一膳食べよう。甘いおやつ、果物はごく少量に。よい油だけを食べる。バージンオリーブオイル、ココナツオイル、ごま油、牧草バターを。酸化した油は極力避けること。

朝から出勤して行動する人は朝ごはんを食べないと持たないと思われるだろうが、持ちます。不安なら、朝よぶんにココナツオイルコーヒーか、ココナツオイル茶を作り、ポットに入れて持参して空腹を感じたら飲めばいいだろう。または、朝食として卵やアボカドを追加で食べてもいい。その場合も炭水化物や糖は必ず避けること。

いまもっとも血糖値を急上昇させる食品としてパン小麦が注目されている。グルテンフリーの実験も少しやってみているが、たしかに頭がクリアーになるようだ。全粒粉含めて小麦粉製品はなるべく減らす方向で、パンやパスタよりもご飯を選ぶのが賢明かと。