佐渡 after Dazai

管啓次郎

ほそい雨が降っている。
船は走っている。
するする滑り、泳いでいる。
もはや、河口である。
ゆらりと一揺れ大きく船がよろめいた。
海に出たのである。
寒い。
ゆらゆら動く。
眼をつぶって、じっとしていた。
私には天国よりも、地獄のほうが気にかかる。
いまはまだ、地獄の方角ばかりが、気にかかる。
死ぬほど淋しいところ。
自分を、ばかだと思った。
いくつになっても、同じ事を繰り返してばかりいるのである。
意味がないじゃないか。
船は、かなり動揺しているのである。
全島紅葉して、岸の赤土の崖は、ざぶりざぶりと波に洗われている。
興奮しているのは私だけである。
空は低く鼠色。
雨は、もうやんでいる。
陰鬱な、寒い海だ。
船は平気で進む。
私は、狂人と思われるかも知れない。
銀座を歩きながら、ここは大阪ですかという質問と同じくらいに奇妙であろう。
ぞっとしたのである。
私は、いやなものを見たような気がした。
見ない振りをした。
大きすぎる。
つまらぬ島だ。
空も、海も、もうすっかり暗くなって、雨が少し降っている。
土の踏み心地が、まるっきり違うのである。
雨が降っている。
私は傘もマントも持っていない。
私は、ごはんを四杯食べた。
私は、さむらいのようである。
ひどく眠い。
雨は、ほとんどやんでいる。
道が悪かった。
波の音が聞こえる。
けれども、そんなに淋しくない。
夜半、ふと眼がさめた。
波の音が、どぶんどぶんと聞こえる。
眼が冴えてしまって、なかなか眠られなかった。
やりきれないものであった。
山が低い。
樹木は小さく、ひねくれている。
なんの興もない。
道が白っぽく乾いている。
佐渡には何も無い。
けれども来て見ないうちは、気がかりなのだ。
明朝、出帆の船で帰ろうと思った。
がらんとしている。
ここは見物に来るところでない。
やはり、がらんとしていた。
少し水が濁っていた。
ひどく、よそよそしい。
何の感慨も無い。
山へ登った。
ずんずん登った。
寒くなって来た。
いそいで下山した。
また、まちを歩いた。
私は味噌汁と、おしんこだけで、ごはんを食べた。
外は、まだ薄暗かった。
すべて無言で、せっせと私の眼前を歩いて行く。
女中さんは黙って首肯いた。

  (全行、太宰治「佐渡」作中の文のみで構成しました。)