犬狼詩集

管啓次郎

  11

目だけでは対応できない
どんなに微細な差異を見抜いても
インクのように漂う霧雨が生むこの不分明に
目はまどわされる
耳だけでは対応できない
海上をわたる小鳥の声を数キロ先から聴き取り
野火がはぜる音をよく感知する耳も
無音には沈黙にはどうにも応えようがない
手だけでは対応できない
牙に裂かれた肉の傷をみごとに縫合する夏の手も
歳月を閉ざす氷のむこうで乱舞する魚の
群れには触れることさえできない
声だけでは対応できない
軽はずみな心が子馬のように跳ね回るとき
歓声もかけ声も叫び声もなす術がない
私とはただ無において統合された目、耳、手、声

  12

満月の論理に一般と特定の区別はない
眺める人の心に浮かぶ月影の紋様
ネットワークは幾何学的に発生し
ときどき氷のように光が凝固する
たくさんの団子をすすきとともに供えてみた
ハクビシンの親子が物欲しげに見るのを
ウクライナ人の老女がけらけら笑いながら見ている
秋のこの時期こそ祭礼の夜
循環する時間が声のように聞こえてくる
楽しいね、楽しかったね、楽しいね
もう来ないね、また来るさ、また来るよ
荒城に登りて楼閣を燃やし
それを松明として以て絶対的な持続を照明するのみ
輝けよ縞の尾
きらめけよ妖しい鼻
満月の無垢が砕け散りたくさんの団子となる