その後のモーグル君

さとうまき

シリア難民のモーグル君はまだ17歳の青年だ。身長は180センチ位あって、見た目は、ハンサムな好青年という感じだが、ストレスに弱く、すぐお腹が痛くなり仕事を休んでしまう。そのくせ反抗的な態度を取るもんだから、ついに、次長のS子が、モーグルを首にしてしまった。涙を浮かべて、モーグルは「僕はシリアに帰る」と言って去って行った。その後音沙汰がなく、生き永らえているのか心配していた。気が付くと一か月。なんとなく、携帯に電話してみるとモーグル君がイラクに戻っていたのだ。

「どうしていたんだい?早速話を聞かせてくれ」「三日前にイラクに戻ってきたんだ。」
モーグル君は、試験勉強をしているらしい。「そのうち」と沈んだ声が聞こえた。相変わらず覇気がないが、まあ、それでも無事に生きていてよかった。

試験勉強が終わったころを見計らって、モーグル君の様子を見に行く。ちょうど前日に、お父さん、おかあさん、兄弟姉妹も一緒に逃げてきて7人で一部屋に住んでいる。「あの次の日、僕は朝3時に家をでて、7時には国境の町についたんだ。友達の家で休んで暗くなったころに、ブローカーが車を手配してくれて、何台か車を乗りついで国境を越えたんだ。」
「カミシリ? 電気は23時間止まったままで一時間しか来ないんだ。燃料もそこをついて、寒くてたまならない。みんな街路樹を切ってストーブにくべていた。もう燃やすものがなくて、靴を燃やしちゃって、外を歩けなくなった友人もいたよ」勉強するのも大変で、ろうそくの火が頼りだという。爆弾が毎日のように爆発している。「それよりも、誘拐やレイプを恐れている」
「水が悪いんだ」お腹でもこわしたの?「いや、頭を洗ったら、髪の毛が抜けるんだ。毒がまざっているのかなあ」モーグル君は頭を見せてくれる。円形脱毛症だ!「それは、ストレスだよ」と教えてあげる。「病院に行かなくても治るの?」ああ大丈夫だ。

モーグルのお姉さんは、シリアで、アコーディオンを教えていたそうだが、そんなものを持って避難は出来ない。そういえば、日本でもらったアコーディオンがあったのを思い出す。津波でアコーディオンが流された小学校に寄付しようとしたがすでに誰かがアコーディオンを寄付していたのでいらなくなってしまったのだ。今度、日本から持ってきてあげるから、コンサートをやろうと約束した。

S子は、モーグル君を泣かせてしまったことに、罪悪感を感じている。
「禿げていたんですか? それって、私へのあてつけですか?」
「いや、彼は、本当にストレスで禿げることは知らなかったみたいだ。本気で、水の中に毒が混ざっていると信じていたよ」
私は、日本に一時帰国したS子にアコーディオンの運び屋を頼んだ。
「重いですよね。アコーディオン。わたしが運ぶんですか?」
「いやー意外と軽かった。5キロぐらいか、6キロか、7キロ、まあせいぜい9キロ」
「重くなってる。。。」
モーグル君一家が無事だったんだし、それくらいのことはやったげよう。モーグル君一家に音楽を届けたい。