傷跡

植松眞人

左手の親指の付け根から、ずっと手首のほうに降りていったあたりに小さな傷がある。まだ小学校の上がる前に近所の空き地で走り回り、虫とりをしていて盛大にひっくり返り運悪くそこにあった割れた瓦でざっくり切った。小さく肉が切り取られ一瞬傷口が真っ白になったあと黒くなり血があふれ出した。

血を滴らせながら家に走り帰って消毒をすると、幸いにも血は止まり、その後発熱することもなく傷口はふさがった。しばらくするとかさぶたができて一週間ほどでかさぶたもとれた。

かさぶたがとれると、そこには一センチほど傷口がわずかに盛り上がった傷跡ができた。少し力を加えれば、また開くのではないかと思えるほど初々しかった傷跡が、もう二度と開かないと思えるほど落ち着くまでに何ヵ月かかかったのだろうか。それは覚えていない。

それは覚えていないのだけれど、あの時のことをふいに思い出した。傷ができて消えていくのだと、あの時の僕は思っていた。それが四十年以上経っていま僕の手にはっきりと傷跡が残っていることに何とも言えない感慨がある。あのころの僕はこの傷と一生一緒に生きていくんだということを知らなかった。

そうだったのか。この傷と一生一緒に生きていくのか。そのことはあの日、小学校に上がる少し前の日に、何気なく遊んでいたあの空き地でもう決まっていたのか。