ケンタック(その4)

スラチャイ・ジャンティマトン

荘司和子訳

二羽の小鳥たちも同様に女性たちの方へ向かって飛んで来た。まるで自然界のことばで挨拶しているように小さな翼をはばたかせている。呼びかけることばに代わって動作と声で。ふたりの女性たちも同様な反応をした。小鳥たちも人間もこころの奥に隠された生命のつながりがそうさせているかのように挨拶している。精一杯。

ふたつの掌が小鳥の頭、身体の羽毛をそっとやさしくなでている。小鳥たちは天から舞い降りてきた天女に手で触れられ、目を閉じてかすかに微笑んでいるかのようだ。彼女たちが小鳥を地面から抱き上げてそっと手を広げると、二羽は翼を羽ばたかせて飛び上がった。そして翼と身体を震わせて、おなじようにひらひら揺れている天女の手と戯れ始めた。

そして何が起こったのだかもわからないうちに二羽の小鳥はわたしの視野から飛び去り、あっという間に丘の斜面から谷の方へと消えてしまった。その方向には雑草や乾いた茨が密生した中を通る細い道があった。この道を二人の女性たちもそれぞれに小鳥を追って音もなくゆるやかに走って行った。

わたしは人生経験を経た中年の男。ひそかにここに入り込んできている。この男は実は農民ではない。自由気ままなアーティストで絵を描いたり、詩を書いたり、歌をつくっていろいろなことを物語る。農耕は得意ではなくて、食べていくのに必要な程度の小さな家庭菜園を作っているだけである。米は買ってくるし、唐辛子や塩、プララー[東北地方のナンプラー]などは持って歩く。

「ここを降りていくとあちらに谷川が流れています」と、彼はかなたの深い谷を指さした。
「魚も食料も豊富にあって食べていくのに不自由しませんよ。あなた、素手で魚をつかまえたことありますか? あの谷の渓流では素手で魚を捕まえる方法があるって、あなた信じますか? 何も道具がなくても捕って食べられます」

わたしは、はいともいいえとも答えずに頷いただけだ。見たところ彼はまだほかにもさまざまなことを語りたがっているかのようだった。けれどもわたしたちにはあまり時間がなかった。わたしが去る時間が近づいていたから。

やはり丘にそって細い道がうねうねと下っていく。誰が作ったのだか、何世代の人間が何年かかってどれだけたくさんの足が通って今ここに見ているような道になったのだか。陽が大分傾いてきたのでわたしはその道を降りて行った。あの女性たちと二羽の小鳥のほかにも、何かとても興味を引きそうなものがある気がして、降りて行かずにはいられなかったのだ。(続く)