別な世界はまだ可能か

高橋悠治

ディジタル化された論理 
            知らずに身についた電子的思考
非中枢メディア 電子ネットワークに
来たるべき社会の兆しが見えるのか

       あまりに楽観的な

  ハードウェアもソフトウェアも アリストテレス以来の二進法論理
すべての要素は列挙範囲のなか 定義済の操作でうごく
            論理がさき 運動があと
     そこから漏れたこと はずれた位置 定義されなかった作用が
                  あらわれたらどうなる

中心がなく すべての要素が平等に 構造を担えるはず
   それなのに
頻度の偏り 順位 中心と周辺 権力の集中は     なぜ

全要素間相互アクセスが可能なら
    無用な接触が多く 
       うごきをさまたげ エネルギーはうしなわれる
すべての要素が見透かされるパノプティコン
       外から監視されていても 内では自由選択のつもり
              閉じた部分で自由運動は加速する
            生産のための生産 消費から浪費へ
         必要なく拡大し 自己破産する
コンピュータの夢は      資本主義に囲い込まれた仮想空間の自由

部分運動は線的に発展し 時間は連続で
         現在の延長が未来になると思われる時期もある
   限界の向こう側にある      偶然 事件 カタストロフィー
ルクレティウスのクリナメンは 理由もなく
        アリストテレス的論理の外側から顕れる
     わずかな偏りが 平行に墜ちる粒子の雨をかき乱し
          衝突 反発 回避
    多様な現象がそこで生まれ
現象の相互作用から 別な世界が一瞬にして創られ
       可能性は 権力をやりすごす

  不規則に瞬く 流れ
    折り畳まれ また ひろがる雲の織地
希薄な羽 霧の次元

       ディジタルは粗い網
   なめらかなアナログに変換して 感じられるものとなる
           アナログもまだ粗い 振動する表面にすぎない
 
身体は それぞれに振動する感覚の集まる場
  意識よりさきに 運動があり
    運動が感覚を創りだす
   色 香 味 響 温度の交換
空間と時間が生まれては消える
 世界の顕われ
        徴

場は樹ではない
    枝を束ねる見えない根は どこにもない
  地下茎でもない
     中心がないように見える薮も
       竹の花が咲くとき 全体が枯れる
    ロジスティックも   カオスも
        複雑の単純なモデル

おりかさなり ずれる振動のなかに
   横断する共鳴が明滅する   稲妻に照らされた幻

一つのものが分かれて 複雑に発展するのではなく
   反対に 中心のない 原理もない
      多くの複雑なことがまず起こり 
     それぞれが息づき うごきまわれる隙間をもとめて
            たえずかたちを変えていく
  ひとつになることもなく
             離れることもなく
接触を避けながら接近している
    エピクロスの庭 ブッダのサンガ 鴨長明の方丈

      多様なうごきのなかから
    領域の調整のとりきめ
空間と時間の枠が見えてくる
   予期しないできごとがあれば 変更される仮の規則
 後から来る論理を定着させない
         抵抗のすくない方へ
      まがりくねった道を通ってすすむ
        曲線の跡        曲面の影

手と息でさぐる初期値は 繊細な響を立ち上げる
   喩えることばは 半ば閉じた隠れ里 半ば開く不思議の窓
      加速する文明の時間と 散逸する空間のかわりに
     速度を緩やかにむすぶ 空白の際

問いかけは ゆっくりと歩む
   こたえをあせることはない
  問うことが 生きること
      選ぶものはいない
          徴      は     空の彼方

(2007年11月30日執筆) SITE ZERO/ZEROSITE No.2 (2008)に掲載