入院中の友だちに、娑婆は気持ちのいい天気だ、早く帰っておいでよ、とメールしました。朝目を覚まして、寝床から出て窓をあけ、ほんの一瞬だけ差し込む太陽の光を味わって、それからも窓はあけたままにしてあります。ほんとに気持ちはいいけれど、これは11月にふさわしいことなのでしょうか。少々ギモンです。
「水牛のように」を2013年11月号に更新しました。
新登場の船山理さんとは片岡義男さんを通して知り合いました。そのころはまだモーターマガジン社にいらしたと記憶していますが、先日ひさしぶりにお会いしたらフリーランスの編集者になっていました。そのとき飲みながらしゃべっているうちに、この原稿の話が浮上したのです。「ライカの帰還」のモデルは船山さんの父上船山克さんです。戦争中は海軍に入隊して、沈没した航空母艦「瑞鳳」に乗っていましたが生還し、戦後は朝日新聞写真部のカメラマンとして活躍されました。コミックの編集にかんしては、直接知っていることは少ないので、予定では5回になるらしいこの連載が楽しみです。
「三善先生が亡くなったという」。「中屋幸吉の「最後のノート」」。「僕は、彼の死をその四十九日のあとに、人づてに知った」。「その日からちょうど十日で父は逝った」。「亡霊を待とう」。「やなせたかしさんが亡くなられた」。「死せる作家の会」。「ほとんどの活字が床にばら撒かれた状態だったという」。「詩と同様に写真はあまりによく死んでいる」。「材料の茅がないからもうこれが最後」。「新作初演、であり終演をおこなうオーケストラ」。
こんな言葉のならんでいる今月は特別なのでしょうか。時が流れるかぎり、人が死んでいき、なにかが終わるのはごくふつうのことです。死や終わりに目がいくこともまたふつうのことかもしれません。
それではまた!(八巻美恵)