ナシーブつまりは運命

ヨルダンとイラクの国境の難民キャンプ。今回は日本から医師や看護師など13名を引き連れて健康診断を行うことになった。まもなくラマダンを迎えようとしている9月23日の夕方、ポンコツバスが迎えに来てアンマンを出発した。問題はホテルが大変。ルウェイシェッドという国境の町から15kmくらい手間にモーテルがあるだけ。僕は、結構このホテルが気にっているのであるが、初心者には厳しい。まずはトイレが流れない。便座が無いなど。そして夏は蚊が出る。そして、必ずぼったくられる。

僕はまるでバスガイドさんのように皆様を先導しなければならなかった。アンマンから3時間走ってホテルに着く。砂漠の真ん中のホテル。今回はホテル側も蚊を気にしてかずいぶんと殺虫剤をまいたようで、のどが痛くなる。まるで化学兵器を使ったようだ。息苦しくなってロビーに下りていくとヤスミンがいた。ヤスミンは、イラク人で、もう5年もここで働いている。まだ、いるの?

「ところで、どうしてここで働いているんだい」と聞いても笑っているだけだ。
「こいつは、ヨルダン人と結婚していて、旦那が暴力を振るうから、ここに逃げてきたのさ」マネージャーが教えてくれる。
ヤスミンは23歳だというから18歳で結婚したことになる。
「アンマンにいたの?」多くを語らない。
「こいつの顔は日本人みたいだろ。目が小さいからな」確かにこういう日本人はいるかもしれない。
「大体、どうやってこんなホテルにたどり着いたんだ? 砂漠の真ん中だし」
「ナシーブ」ヤスミンがけらけら笑っている。
「なんだって? ナシーブ?」
「ナシーブというのはアラビア語で、訳すと運命というような意味だ」とマネージャーが教えてくれた。
ルウェイシェッドはすきかい?
「くそだわね」
「いつも、暇なときは何している?」
「なにも。TVを見るくらい」
「退屈?」
「そんなものだとおもうわ」
つまりここでの生活はすべてナシーブというわけだ。

2年前は、結構このモーテル、にぎわっていたから、バーも開店していた。ジャスミンも色っぽい衣装を着せられて、客の相手をしていたが、如何せん、とてもじゃないが彼女のけだるい態度は、接客とはいえなかった。そのときは、僕はビールを飲もうと座っただけで、1600円も取られたのだ。

部屋に戻ると、さすがに、疲れがたまっていたので心地よい眠りについた。ところが、夜中に、隣に寝ていた原のいびきでおこされる。
「くそだなあ」とつぶやきながら眠れないので、テラスに出ると、満天に輝く星。この光が、ここに届くまでの時間。そして私の隣には太古の恐竜「ハラゴン」なんと壮大なスケールだろう。そのように考えるとロマンチックな気分になるが、現実は、どうみてもおっさんのいびき。

翌朝。「眠れましたか」
「イヤー、蚊に刺されましたわ」
「こちらは、こおろぎが紛れ込んでころころうるさくて」
「こちらは恐竜の声で」
「はあ、恐竜?」

9月28日、ラジオのニュースでは、難民キャンプの151人がカナダへ移住することが決まり、今年の年末には難民キャンプはいよいよ閉鎖されると言っていた。イラク戦争から3年と9ヶ月。ルウェイシェッドの物語はいよ幕を閉じようとしている。