世界音楽の本

2002年から2007年までかかわってきた『事典 世界音楽の本』がついに出版された(岩波書店、12月20日刊)。徳丸吉彦、渡辺裕、北中正和、編集部の十時由紀子と毎月のように編集会議をつづけているあいだに、音楽に対する考え方もずいぶん変わった。20世紀の戦争・革命・技術革新・世代差のなかで、地球上のどこにいても地域文化は影響を受け、変化する。ヨーロッパ流近代化や、アメリカ流「世界化」への一方的な圧力を受けるというよりは、それを回避したり、変質させる内発的な力学に眼を向けると、これらの変化の過程がもっとよく見えてくる。

変化する現実を観察するには、いままでとはちがう立場や視点がもとめられる。ヨーロッパ的な普遍の一点から世界を俯瞰するのではなく、関係性の網のなかから複数の視点と音楽的実践を浮かび上がらせる「逆遠近法」が、音楽学の新しい方法となるだろう。単純な還元主義、本質論、ヨーロッパ中心の世界観ではなく、文化相対論や多文化主義でほころびを埋めるのでもなく、多様性、混乱のなかから育ってくる複数の音楽のありかたを認めること、ちがう文化の相互作用、文化横断の概念から、現地調査と構造主義的普遍論が表裏一体となったいまの民族音楽学にかわって、流動する現実と同期する方法のために、すでにあるものを分析するのではなく、創造と同時的、あるいは同意義であるような、学習と発見のプロセスとして、未完であり、おたがいに矛盾する考えを切り捨てずそのまま提示するこころみが、この本のかたちになったと言えるだろうか。

世界音楽は、ヨーロッパ流のメロディー・ハーモニー・リズムのカテゴリーでは扱えない。ここではリズム・音色(ねいろ)・制度・歴史という章立てをしている。リズムは西洋音楽のように拍子による計量的なものではなく、足・手・息の側面から観た音楽の身体であり、音色は感じられる音あるいは空間としての音で、楽器・音程・音階・旋律・音質などを含む。それらから自律的に生まれる音組織はやがて固定し、制度化され、管理される。制度は政治的、経済的、文化的なものがあり、国家・資本・教育・学問の機関がそれを管理経営している。音楽史は、どこでも管理への抵抗や制度からの逸脱を原動力としてうごいてきた。

20世紀音楽史ははじめて世界音楽史となる。それは音楽の録音技術の発明によって可能になった世界的流通過程のなかで、大西洋奴隷貿易の結果として生まれたアフロアメリカ音楽が第1次世界大戦後のヨーロッパを侵蝕するプロセス、戦争や革命と内戦による難民、植民地主義によって生まれる経済格差からの移民から生まれる文化の撹拌が、いっそう促進される状況のなかで、地域文化や同世代の若者に浸透するポップカルチャー、さらに都市文化やテクノロジーに触発された実験音楽やサウンドアートが入り乱れて、多彩な活動がみられる。1930年代の国家介入、1968年の世界的な反権威主義革命、1989年の社会主義体制の崩壊以後、人間世界は混乱している。権力や資本の基盤が危うくなるにつれ、いっそう暴力的になっている。格差・差別はひどくなり、社会は不安定になっている。音楽もそのなかで、断片化し、抽象化し、切断とノイズ、あるいは逆に、アイロニーと沈黙を表現手段とするようになる。

抵抗をテロリズムとして排除する権力をやり過ごしながら、多様性の相互調整であるような文化は、まだ隠れて生きている。それは多義的な表現である限り、社会に対しても、預言とみなせるところもあるだろう。