製本、かい摘みましては(40)

製本というものを私もやってみたいと最初に思ったのは、栃折久美子さんの『モロッコ革の本』を本屋で立ち読んだ時だった。棚からちょっと突き出てい(るように感じ)て、文庫だったから早くて1980年、実際は90年ころだろうか。正直に言うと、読んで私は自分も製本家になれる気になった。ところが栃折さんの製本教室の空きを待って意気揚々通ってみると生徒さんはみなえらく器用で、ちょっとはひとより器用なつもりでいた自分の思い過ごしを早々知り、がっくりした。がっくりはしたが、なにもかもに届きそうな予感にひたすらどっぷりつかり妄想する時間は、トロリとしたなんて幸せな時間だったことだろう。

山崎曜さんの新刊、『もっと自由に! 手で作る本と箱』出版記念展を東京・御茶ノ水の美篶堂に見て、2年前の曜さんの『手で作る本』に続いてこれも手製本を楽しむひとのバイブルになるに違いないと思いながら、あのトロリとした時を思い出していた。曜さんの周りのこの風通しのよさ心地よさはなんなのだろう。さてこの本は、「手で作る本のアイディア集です」とはじまる。接着芯を貼った布、革、テープ、段ボールを使った製本、箱や豆本、メモ帳、バインダーや辞書の改装、箔押しなど、手製本の基本を知って周囲を眺めた時にやってくる興味をひきうける内容だ。示されただんどりに没頭するのではなく「素材や道具の手触りを確かめながら少しずつ仕上げ」、「頭と身体を使」うと製本はもっと楽しいよ、そんな姿勢が、風通しのよさを感じさせるのだろう。

なかで特にやってみたいのが、専用の道具がなくても丸背が作れるとして示したプララポルテ(仏語。プラ:表紙、ラポルテ:つけ加える)という方法をアレンジしたもの、そして、パソコンやプリントゴッコ使用のコツから、紙のモザイク(革の装飾法の応用)、フィルム箔と革工芸用の刻印を使った箔押しなどの表紙タイトルの入れ方だ。そして、道具。紙をそろえたり切ったりするときに使う「寄せ盤」の作り方が示されていて、便利そうだけれど使い勝手がいまひとつわからないなあと思っていたら美篶堂で実物が展示されていた。しかもこれに「かがり台」の機能と「幅定規」を加えたものが商品化されていて、これはかなり使えそう。「本の場 HON NUOVA」というブランド名もつき、ウェブサイトで近々公開(7月1日オープン予定)とのことだからうれしい。

今回は、曜さんの思い出の本を素材として改装した例もいくつか掲載されている。お父さまの蔵書であった湯川秀樹の『本の中の世界』もそのひとつで、湯川博士がヨーロッパの教会の中庭に立ったときに子どものころに遊んだ箱庭を思い出し、共通する「何ともいえない幸福感」を感じたと書いてあることを曜さんがひいている。私が曜さんの本を見て、そして栃折さんの本を思い出してひたった「トロリとした幸せな時間」は、同じようなものだったのだと思う。