6月21日(土)~22日(日)に島根県浜田市にあるパサール満月海岸という所で、ジャワ舞踊のワークショップなどをしてきた。ここには、私がジャワで知り合って10年以上になるという染色家の友人らが、仲間たちと一緒に廃屋を改装してギャラリーや食堂や劇場なんかを作っており、5月から9月までの土日や満月の夜にだけ、いろんなイベントを行っている。会場名にあるとおり、裏はすぐ海岸になっていて、冬の間は日本海から厳しい寒波がくるために、夏の間だけしか営業しない。
金曜夜、大阪から津和野エクスプレス(サラダエクスプレス)号という夜行バスに乗って島根に向かい、翌朝6時半に、霧雨にけぶる三隅に着く。この辺はすぐ目の前が海、背後には山がへばりついていて、細長く続く海と山の境目に川と道が並んでいるという按配で、奈良の風景とはずいぶん違う。蛇行する川面からは霧が湧いていて、なんだか大蛇が腹ばっているみたいに見え、ヤマタノオロチの存在が実感される。だから、やっぱりその場に足を運ぶというのは大事なことなのだ。
今回島根に来たのは、実は今度9月にジャワから舞踊家を呼んで石見神楽と競演してもらうための布石なのだ。岡崎社中さんという、その辺りでは一番古い伝統を持つ神楽グループが協力してくれることになっている。それで神楽の人にもジャワ舞踊のワークショップに参加していただいて、まだ全然見たこともないジャワ舞踊に触れてもらい、接点を探ることにしていた。もちろん私の方も、石見神楽というのはテレビのニュースやビデオでちょっと見たことがあるという程度、ヤマタノオロチを一晩中上演するという程度のことは知っているだけのド素人である。というわけで、土曜には、ジャワ舞踊ワークショップを2回、さらに土曜の夜にトークショーみたいなことをした後の午後11時頃から神楽音楽で即興で私が舞うというのをやり、日曜の夕方、ワークショップを2回やった後で、オロチと対決することになった。
私が知っている神楽の音楽は、私が小さい頃に廻ってきていた伊勢神楽の音楽だけで、それと石見神楽の音楽は違っていたけれど、なんというか、無心を揺さぶられるような音楽だった。ここで育ったわけでもないのに、この神楽音楽も日本人である自分の原風景にあるものだという気がする。いろんな場面の音楽をメドレーのようにぶっつづけで演奏してくれて、この即興は40分くらい続いたらしい。夕方5時くらいからワークショップやらをぶっ続けでやっていたから、体と頭はボーッとしていたけれど、時間の経過を全然感じないくらい、没我していた。まあ15分くらいやってみましょう、と神楽の方から言われていたけれど、神楽の人たちも没我してノッてくれたみたいで嬉しい。
それで翌日、とてもノッてくれた岡崎社中さんから、やっぱりジャワ舞踊と競演するならヤマタノオロチだろうということで、オロチを3頭持ってきてくれる。ヤマタというだけあって、今では豪勢にする場合は8頭登場するそうだ。それで私は、ジャワから来たスサノオノミコトになって適当にオロチを退治してくださいね、と言われて、共演が始まる。この共演はパサール満月海岸のドラゴン座(という名前はすごいが、広さは6m×7.5mくらいで、今回は畳敷き)で行ったのだけれど、こんな密室空間にヤマタノオロチが3頭もひしめいて出てくると、これは本当に怖い。私の逃げる場所がないではないか!
オロチを演じる人は排水ホースみたいな長い胴(材質は和紙と竹ヒゴの輪)を穿き、頭を被っている。しかもいまどきのオロチの目はピカピカ光り、しかも本番では煙を吐くとかで、舌の下にその火薬口が仕込んでいるのが見える...。その3頭がとぐろを巻いたり、鎌首を持ち上げたりする。ここはオロチの見せ場なのだろう。本当はこの場面ではスサノオは悠然としていれば良かったのだと、終わってから言われたのだが、真近でオロチを見たら、そんなに悠然としていられない。
しかも横から、はい、これが太刀よと渡される(ただし練習用ということでデザインは日本刀)。この武器がまたジャワ舞踊の剣と勝手が違う。ジャワ舞踊の剣はこんなに大きくなくて、第一構え方も違う。しかも練習用とは言え、この日本刀は重い...。ここで早くも剣を抜いてしまったので、オロチにこわごわちょっかいを出してみたりする。そのうちにオロチが酒と書いた樽に頭をつっこみ始める。そこでやっと、そういえば物語ではスサノオはオロチにまず毒酒を飲ませるんだった、と気づく。とはいえ、一体どうやったらオロチは死ぬんだろう。そのことを前もって聞いていなかったことに気づく。仕方がないので、へっぴり腰ながらオロチに剣を向けてみるが、全然死なない。鎌首を上げられるともう戦っていられなくて、私はあちこち跳びまわって戦っていると見せながら、逃げ廻っていた。この間はずいぶん長かった気がするが、演奏の方も私が怖がって逃げていることに気づき、退治の策を授けてくれた。オロチの角をつかんで首を引っこ抜けというのだ。スサノオが角を取ると、オロチ役は自分の頭に固定していたオロチの頭を外し、スサノオは頃を見計らってその頭をすっと抜くらしい。そういう作法を知らなかったもので、ものすごくどんくさいことになったが、なんとかオロチは3頭とも死んで退場してくれた。
終わってから神楽の人たちに爆笑されたけれど、このオロチ退治は本当にいい経験になった。型がない異種格闘というのは、本気で怖いものだと思い知った。ジャワ舞踊であれ何であれ、戦いの舞踊・劇というのは、「相手がこう攻めてくるから、こう受ける」ということが型として決まっている。だからこそ、安心して戦っていられる。そういう共通理解なしにいきなり相手と立ち合ったとしたら、たとえフィクション(舞踊、劇)であっても恐怖を感じる。私はオロチから逃げながらも、スサノオは巨大なオロチを見ておののかなかったのだろうかとか、ウルトラマンがバルタン星人と立ち合ったとき、どう思ったんだろうかという疑問が脳裏をよぎっていた。こういった神話のヒーローは(ウルトラマンは神話ではないけど)、相手の素性も出方も全然分からないままに、敵と立ち合っていたのだと、今になって気づく。そしてこういう怖さのリアリティを失うということが、型にはまるということなんだと、今さらながら感得する。一流の舞踊家ならば、戦いの型を演じながらも、そこにこういうリアリティを感じさせなければいけないのだ。
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というわけで、9月6日に島根県浜田市三隅で神楽とジャワ舞踊の共演を行います。ジャワから来るオロチ退治の一行は、さて、うまく倒せますやら...。今後イベントの詳細はパサール満月海岸のホームページや私のブログでお知らせしていきますので、どうぞチェックしてみてください。