「テレビが言うことは、ぜんぶ嘘だよ」
ある日、そんなことを父が僕に言ったことがあった。なぜ父がそんなことを言ったのかはよくわからない。三〇年近くも前の話だから記憶は定かではないが、確か父は寝転がってテレビを観ていて、うしろにいた僕に聞こえるようにそう言ったのだったと思う。
もしかしたら、ただの気紛れや二日酔いかなにかの不機嫌さのせいで、父はそう言ったのかもしれない。あるいは、いつもテレビで得た知識を鵜呑みにして話す僕や、テレビから無闇に垂れ流されるさまざまなくだらないことにうんざりしたあげくにそう呟いたのか。いずれにせよ、既に父は他界してしまったし、生きていたときもそんな些細なことを訊いたりはしなかったから、今となってはその真意を知ることはもう出来なくなってしまった。
多少は不機嫌だったかもしれないが、父がそのとき放送されていたテレビの番組に、直接腹を立てて言ったのではなかったのは覚えている。だから、テレビに対してそう言ったのか、僕に対してなのかすらもよくわからないままに、僕はうしろ姿の父からその言葉を受け取ったのだった。あまりにも何気なく受け取ってしまったから、言い返すこともその意味を訊くこともしなかった。簡単に聞き流せるような言葉だと、迂闊にもそのときは判断したのかもしれない。
額面どおりに受け取れば、間違っているのは明らかだと、そのときの僕は思ったのだった。どう考えてみても、「テレビが言うことは、ぜんぶ嘘」なわけはないし、誰だってそんなふうに言われれば、「そんなわけはないよ」と苦笑するだろう。しかし、表面的には間違っていたからこそ、その言葉は僕に「考える」ということを強いたのだった。僕の内部で反論を呼び、その反論がまた別の考えを生んで、頭の中での議論が始まったのだっだ。まるで堂々巡りのように、ひとつの答えが出てくれば、すぐさまその答えに対しての別の考えが浮かんで来る。そうやってその言葉は、僕の内側で出口を失い、吐き出せないままに永遠にとどまってしまっている。いや、そうやって永遠に閉じ込めてしまうことで、いまではなにかしら真理に近づけるように感じているのだから、むしろ自分で意識的にそうしたのかもしれない。
ただ、その言葉でなければいけなかった理由には、父の言葉を永遠にとどめたかったということもあるのかもしれないと、いまの僕はそんなふうにも思う。叱られたのでも注意されたのでもない、真実を語ったのでも、忠告されたのでも、文句を聞かされたのでも、愚痴を言われたのでもない、そして警句でもないそんな何でもないようなその言葉が、いつの間にか僕が父から受け取ったいちばんありがたい言葉になっていったからだ。
この言葉を僕は実によく思い出す。いや、思い出すというほどにも忘れられないでいる、と言ったほうが正確かもしれない。噛んでも噛んでもなくならないスルメみたいに、それはずっとどこか僕の中にある。そして、考えれば考えるほど、この言葉の中にいろんなことが含まれているように思えてくる。テレビのことだけではなく、父のことも、母のことも、それから世の中のさまざまなことさえも、その中にあるように思えてくる。まだまだ考えることがたくさんあるのだが、考えたひとつの結果として、ある日、僕はこの言葉の中に「見えるものだけを信じてはいけない」という意味を見つけたのだった。だがそれは、単なる始まりにしか過ぎなかった。どこかに到達したというのではなく、ただ「考える」という旅がこれからも終わりなく続いていくことが、決定的となっただけだった。
この先それがどこへ到達しようとも、父から受け取ったこの言葉が出発点であることには変わりがない。僕以外の人にとってはほとんど何の意味もなさないだろうし、父もそんなことを言ったなんて、とっくの昔に忘れてしまっていたはずだけれども、うしろ姿の父から受け取ったこの言葉が、僕にとっては何にも換え難い父からの贈り物となったのだ。そしてそれは、僕の頭の中にある薄暗い空間のなかの何やら湖のような黒い水たまりの底に、まるで澱のようにこれからもずっと静かに横たわり続けるのだろう。穏やかで平和な風景をときどき波立たせるために、それはいつまでもそこに存在し続けるはずだ。