「ああ、おいしい〜」
思わず声が出た。タイとインドの旅から日本の我が家に戻り、まずはお茶を一杯と、インドのダージリン紅茶を入れて飲んだのである。
「これ、タイでも飲んでたやつ? おいしいね〜」
今回も旅の友のワイさんも言う。
ちなみにこの紅茶は、ダージリンの市場のラディカ&サンという店で買ったTHURBO農園のオータムナル(秋摘み)。香りはあまりないが、味はとてもいい。渋み苦味はほどよくしっかり。
「やっぱり、タイの水で入れたのとは全然味が違う・・」
我が家の水は琵琶湖が水源の京都市の水道水であるが、一応性能のよい浄水器ゼンケン・スリマーを導入してあるので、塩素臭くもカビ臭くもない。同じ紅茶をタイのチェンマイでもバンコクでも飲んでいたが、いやいや、三倍増しのおいしさである。紅茶の味がすーっと舌に口に入り込んでくる。タイで飲んだときの、もどかしい感じの味、ぼんやりとした味、とは大違い。タイと日本で、お茶の味がずいぶん変わるというのは、以前から気付いていた。タイのバンコクでウーロン茶を試飲して、まあこんなものかと買って帰ったお茶が、日本で飲めば香り高くおいしいのである。それはタイの水の質が悪いせいだと思っていた。
去年ダージリンに行って以来、大の紅茶党になった。旅先の宿でも自分でお湯を沸かして紅茶を入れて飲むことが多くなり、旅先での水による味の違いが気になり始めた。なんせ、まずいのである。インドのコルカタ(旧カルカッタ)の水で入れた紅茶も、タイのバンコクの水で入れた紅茶も。同じ葉っぱを、同じ携帯湯沸しで同じカップで沸かして入れるのだから、違うのは現地調達の水だけである。
ダージリンで泊まっていたホテルはデケリンという眺めの良い気持ちのいい宿だ。坂の町のダージリンのクラブサイドにあり、ビルの入り口から三階が受付で、私たちの部屋はさらに三階上の最上階ペントハウスである。エレベーターはない。一階から数えたら、部屋まで106段あった。朝、目が覚めると、窓から朝日に染まる桃色のカンチェンジェンガが見える、こともある。見えた日は、一日幸せな気分。今回ヒマラヤの姿を拝めたのは二日だけだった。山が姿を現さなくても、眺めは抜群にいい。
部屋の洗面所の水で顔を洗ったり歯を磨いたりしてみると、水道の水はずいぶんいい感じだ。飲むとおいしそうである。それまで、飲み水は外でボトルウォーターを買って来ていたが、部屋にも水のポットは置いてある。スタッフにポットを持って水をもらいに行って見ると、水道の水を沸かしている水だという。飲み水にはやはり一度沸かして使うというが、飲んでみると、すっとしたおいしい水であった。ダージリンは標高2000メートル余りの尾根に広がる町だが、水源は13キロ離れたヒマラヤの山並みのビューポイントとして名高いタイガーヒルにある湖とのこと。さっそく水道水を沸かした水で紅茶を入れてみると、ペットボトル入りの水で入れたものよりずっとおいしく入った。高地の湖の水なので、硬水ではないのかも。
コルカタでもバンコクでも、もちろん水道水をそのまま沸かして飲んだりはしない。このふたつの町の水道水は、沸かしてもとても飲む気になれない。水道水は、ホテルやビルでは一度貯水タンクにためられて各家や部屋に配水されるが、その貯水タンクの中の管理状態は想像するのも恐ろしい。
コルカタの水道水が水道管から供給されたてのときはもっとましだろうとは思うのだが、泊まっていたホテルの部屋から出る水は、歯磨きで口をゆすごうとしたとたんに、げぼげぼと体が拒否して吐いてしまったほどである。強烈なナフタリン臭。おそらくビルで独自に衛生管理に気を使って貯水タンクに薬を大量に投入してくれているに違いない。これを飲んでいたら、細菌で死ぬ前に消毒薬で死ぬな。コルカタで飲んでみたボトル入りの水はどれもけっこう渋い味がした。かなりアルカリ度も高い硬水のようだ。おいしいとはいえない。
バンコクの水道水はコルカタほどひどくはないが、やや増し、といった程度である。歯磨きで口をゆすいでも一応だいじょうぶだし、多少口に入ってもおなかを壊したりはしない。でもひどくまずいので、飲み水はやはり買ってくることになる。タイの市販の水には、天然の地下水や冷泉のそのままの水のナチュラル・ミネラルウォーターと、水源は同じようでも殺菌したり調整したミネラルウォーター、そして水道水や地下水を浄水、殺菌して一応安全な水にしたドリンキングウォーターというのがある。
旅行者は多少高くても毎日ペットボトル入りの水を買えばいいが、住人はどうしているのかというと、大きな18リットル入りの水のボトルを配達してくれるシステムを利用するか、アパートや街角に最近増えてきた1リットル1バーツの水の販売機に入れ物を持っていって買うのである。どちらもペットボトル入りの水よりはかなり割安である。水道水を沸かして飲んでいる人もたぶん多いだろう。
タイでお茶を飲むときにもっとおいしく入る水はないかと思い、いろいろな水で紅茶を入れて味見をしてみた。まず、バンコク在住の快医学の徒マーシャ(男)ご推奨のナチュラル・ミネラルウォーター「AURAオーラー」。水はおいしい。少し渋みがあり、いかにも冷泉水という感じ。ミネラル分の多い硬水である。タイ北部のメーリムの産。マーシャによるとこの水がタイではいちばん身体にいいらしい。「オーラー」「ナチュレ」以外のボトルウォーターには殺菌剤が残留しているという。しかし、残念ながら紅茶はあまりおいしく入らない。香りも立たない。味もぼんやりだ。渋みだけが少し出る。
やはり、硬水は紅茶の成分がうまく出ないのか。もっと硬度の高いアルプスの水「エビアン」でも試してみた。水はおいしい。クセもあまりなくさわやかな味だ。ちなみに輸入品なのでオーラーの五倍の値段。しかし、紅茶を入れると白いアクは出るし、水色は濁った感じになるし、紅茶の味もあまり出ない。やわらかい、へなちょこな味である。かすかな酸味も感じる。ぜんぜんおいしくない。つまり、まったく紅茶に向いていない水であった。そのまま飲めばよかった・・。
タイの水は基本的に硬水なので、ミネラルウォーターよりも水道水を浄化しただけの水販売機の水のほうが意外に紅茶がおいしく入ったりして・・と試してみたが、自動販売機の水はいろいろミネラルウォーターを飲み比べてから飲むと、大変まずいうえに、紅茶もかなりまずく入る。どろ〜んとした舌触りになり、ぼんやりとした味。だいたい、ちゃんと浄水できているのか疑問を感じる味だ。今まで、タイにいる時はペットボトルのゴミを出さないように、なるべくこれを飲料水にしていたのだが、不安を感じてきた。自動販売機水はもうやめようっと。
いろいろな水を試したが、けっきょくタイでいちばん紅茶がおいしく入ったのは、チェンマイで飲んだガラス瓶入りのドリンキングウォーター「ナムシン」であった。バンコクではガラス瓶入りはなく、プラスチックボトルの「ナムシン」で試したが、いまひとつ。チェンマイの「ナムシン」は、おそらくチェンマイ近郊の取水地の水でつくったものであろう。こちらは香りも立ったし、けっこうおいしい味が出た。
ダージリン水道水やチェンマイの「ナムシン」が、まあまあおいしく入ったとはいえ、日本に戻って日本の水で入れてみると、これが同じ紅茶かと思うほど、おいしく入る。日本の水は基本的に軟水だ。日本の水道水には蛇口から出る水の塩素濃度が0.1ppm以上という法律があり、現実にはもっと高い濃度の塩素が殺菌のために含まれている。塩素は身体に有害な上に、食べ物の味を悪くする。きちんとした浄水器を取り付けるか、塩素を飛ばす工夫をした水をつかわなければ、いくら日本の水でもおいしくは入らない。さてさて、ダージリンで手に入れた極上の香りの紅茶の封をそろそろ開けようかな・・。