いつもの・ 遅いの・きちっとしたの・そして考えたこと

今年のコンサートはチェコの重鎮エリシュカの「わが祖国」から始まった。NHK交響楽団を指揮した休日午後のコンサートは、聴き慣れたボヘミアの音がNHKホールを満たした。あまりのも聴き慣れた音だったので、つい流してしまうところだったがそのオーケストラがチェコフィルではなく、日本のNHK交響楽団だったことに驚きと感嘆を覚えた。後の放送で、演奏会に際していつもにも増して厳しい練習だったとのコメントが付いていたが、あまりにもすっと、ボヘミアの音がしたことに驚いた。普通であることはなかなかに難しいらしい。

今年は行く人来る人ではないが、初演奏会の人もいれば、退任公演の人もいた。神奈川のプロオケである神奈川フィルの音楽監督を務めたシュナイトが退任した。昨年来、崩した体調が本調子に戻らないらしい。川崎のミューザで開かれた演奏会は多くのファンが集まり、盛大に開かれた。その演奏は一言で言うと、非常に遅かった。特にブラームスの交響曲1番は頭の中のテンポよりも数歩遅い展開で、ぎくしゃくした印象はゆがめない。非常に調子の良かったときには遅いテンポながらもしっかりした演奏を残した老指揮者だっただけに非常に残念な思いがした。このときも、そして、その後の音楽監督としてのシュナイトの最後の定期演奏会のよれよれの演奏を聴きながら、演奏の受身の姿勢が気になった。

老指揮者と言えば指揮界でも長老の部類に入るスクロバチェスキの演奏会に行った。シュナイトの演奏を聴いた後だっただけに、同じ老指揮者でもその違いがはっきりとして、非常に奇妙な印象を受けた。作曲家でもある指揮者は非常にメリハリのあるしっかりとした演奏であおるところはしっかりとオーケストラをあおって、いくつものプログラムをこなしていった。

そして、きょう、横浜でインバルの指揮で東京都交響楽団を聴いた。

東京はオーケストラが多い。特に御三家と言われるオーケストラを筆頭に、集客力の大きい楽団がうじゃうじゃしている。そんな中、神奈川のオーケストラが生き延びるには、果たしてどうするべきなのだろうか?と、神奈川フィルの定期演奏会よりもいっぱいになった会場で考えてしまった。

きちんと横浜、神奈川の地に根を下ろし、固定客を作りながら独自の活動をすべきなのだろうが、オーケストラが自らの音・演奏を持っていないような印象がすることに不安を感じる。オーケストラも演奏家である。そこには指揮者によらない自分自身の音があった方がいい。いくつかの地方オケの元気な様子を耳にしながら、そんなことを思った。今シーズンから音楽監督が若手にバトンタッチされることを機会に、ぜひ、新しいオーケストラの音や演奏を作っていって欲しいと思う。