なにも失われない場所

暮れるにはまだはやい
翡翠色の
記憶のうす闇に手を伸ばし
つかみ
ひきよせようとする
渾身の力こめる指先の
ことばの温もり
埋め込まれた
チップのような
ノスタルジアのかけら
女の口で飛沫をあげる
苛烈なことばたち

灰色の空に
恥ずかしい病のように響く
孤独と
ささやかな笑み
きみの涙は
渇いた赤土にしみて
見えない

五月のオデオン座なんて知らないけれど
十年後の可視光線のなかを
歩いているのよ わたしは

愛するものの束縛から
自由になるため
きみは
なにも失われない土地
を夢みて
雲の潮騒を聞きながら
時のねじれのなかに
とりあえず
旅立ったことにしたの?

ずいぶんじゃないか