犬狼詩集

  13

雨の滴はそれぞれに空を引き連れて降りてくる
その落下は人間的にはずいぶん速く見えるが
じつはものすごくゆっくりなんだ
落下しながらも蒸発してゆく
落下しながらも物語を発している
滴とともに降りてくるのは空の内容で
そこには祖霊たちも二千年前の発話も
サヴォナローラの嘆きも含まれている
うまく踊ることのできないカチーナが
覚えようとしてたどる雲のステップも
未完のまま地上に届けられる
子供のころ、ぼくらは舌を突き出したまま
シャツを濡らしながらずっと明るい雨の滴を飲んでいた
それがぼくらの最初の学習で
歴史は初めそうやってぼくらに訪れた
雨の滴が最初の教科書だった


  14

断崖を愛する心には二つの方向があった
それを聳えるものと見るかそれとも奈落と見るか
いずれにせよそこは重力の劇場
透明な翅が悲哀としていくつも舞っている
断崖の上にひろがる砂地は風と芝の領域
断崖の下にあるのは絶望とはまなす
盲目の老王でなくてもそこでは必ず転ぶだろう
だが眠りと死の類似性を語ることで
自分が失ったものに囚われたくはない
生にむかって閉ざされた瞼と
死にむかって開かれた瞼の
花びらのような相似
燃える海風が吹きつける午後の
息を吸い込むこともできないこの断崖の途中で
私はずっとつぶやいている
Tenho medo... tenho medo...