僕が、アルビルにいるときに、「ピースマラソンなる行事があるので、走りませんか」とのお誘いを部下からいただいた。大概のお誘いには好奇心から応じるようにしているが、マラソンは考える余地もなく、「いやー。そもそも、走っているだけで、苦しい思いをしてて、全然ピースな思いもしないだろう」
先日も、イラクのドクターたちとサッカーをして、しんどかったが、チームの一員として協力できた充実感は、とてもピースな気分になれた。が、どう考えても、マラソンは、拷問のようで、ピースなイメージはない。
結局、日本代表としてうちの事務所からは、ケイコとタケノリが走ることになった。応援に行くと、300人くらい集まっている。外国人は20ドル登録料を払うのだが、収益がクルドのNGOへ寄付されるという仕組み。クルド人のNGO職員がイタリアでチャリティマラソンに感化されやってみようということらしい。
日本人が参加するのが珍しいのか、イラクやアラブ諸国のTVがたくさん取材に来て、タケノリに取材が集中。まるでスター選手のような扱い。
みんなおそろいのTシャツを着て走る。よく見ると、「臓器移植のために走ろう」と書いてあり、肝臓をキャラクターにした漫画も描かれている。このマラソン、臓器移植のための資金集めらしい。臓器移植は、貧しい子どもが臓器を売ったり、特にイラクでは、アメリカ兵が、イラク人を拷問死させ、新鮮な臓器を取り出し、移植用に売買していたとの噂があったりと、賛否がわかれる。
タケノリに聞くと
「え!そんな話、聞いていませんよ?」
「Tシャツに書いてあるよ」
「わあ、本当だ。知らなかった」
マラソンの順位で臓器の健康度が測られ値段がつけられる? その場で倒れ、死んじゃったら、臓器がとられる? なんとも恐ろしいマラソン!
企画したのは、イタリア人。ニコラスさんによると、
「私たちのゴールは、世界の人たちが、特に若い人たちがスポーツをとおして、共感しともらえればいい。私は3回目のイラク訪問ですが、こういったイベントを通して、イラクが彼らのうちにある分裂を乗り越え、早く、政府を形成するよう願います」という。
クルド側の主催者は、非暴力協会。マラソンを通して、暴力を乗り越えようという趣旨らしく、臓器移植の話はよくわからない。
さて、実際のマラソンのほうは男子は10km、女子は5kmということで、ケイコは、16位。「イヤー死ぬかと思いました」と倒れこんだ。他にも倒れこんでいた人が数名いたが、死者は出ず、タケノリも、かなりおくれてのゴールで完走。
「何とか皆さんの期待にこたえられたのではないかと思います。〈僕の走りが〉平和につながることを期待します」という立派なコメント。
途中でリタイヤしかけた人も、車でゴール前まで運んでもらうなど、とても和やかでピースなマラソンだった。その後、臓器をとられたという話もきかない。どうもTシャツは別のイベントであまったものが寄付されたらしい。来年はバグダッドを目指そうともりあがっている。