四月なったので半袖生活が始まる。日差しが強くなり、運転するときはサングラスは必須。でも昨日までは夜はまだ涼しかった。
お嬢さんがピアノを習いたい、と言い近くの教室に通い始める。うちにはシンセサイザーはあるがピアノはない。デジタルピアノを買うことになった。いまどきアップライトのピアノは中古で十万円もしないが置き場所がない。音も抑えることができない。まず近所の楽器屋でヤマハのを色々子供といじっていた。エレピの音が八十年代にあらゆるヒット曲に使われたDXエレピの音。それだけは気に入らなかったが値段が魅力的。音もそれなり。現品で手頃な値段。とりあえずパンフレットを持って帰る。他のメーカーはどんなものかとネットで調べるとカワイから木製鍵盤の新製品が出ている。値段も他のメーカーの木製鍵盤のデジタルピアノに比べて十万円ほど安い。実際に製品があるか車でカワイ製品を扱ったいるピアノ屋さんに行くと、その製品は無い。中古車じゃないが四年落ちのコルグのデジタルピアノがあったのでさわってみると、タッチがフェンダー・ローズみたいだ。でも自分の趣味で選んではいけない。子供のものだ。お目当てとは別のカワイの機種があったので音を出してみると、いい音がした。カタログで調べると仕込んでいるスピーカーが違う。その日は決めずに帰る。サイズ的にもやっぱりカワイかなあ、でもお目当てのものは触ってないし。結局木製鍵盤ではダントツに安いので、冒険してカワイに決める。一週間後に家に届き、ピアノ屋さんの手で組み立てられた。やはり八十八の鍵盤があるとでかい。子供は満足している。奥さんは夜な夜なぼけ防止と言いがらバッハのメヌエットを練習している。八十八の鍵盤が置かれる前はアングルで組み立てた棚に五百枚余りのCDが並んでいたけど、新たな棚ができるまで段ボールに詰め込まれ、積み上げられ部屋の隅。
上のガキは高校生になった。沖縄では高校合格となると家で親戚一同集まり大宴会となるが、我が家はそうゆう事があることもあまり知らず、お祝いをいただいた親類にお返しの品を持ってガキを連れてご挨拶にまわった。お祝いで小金持ちになった奴は、すぐに任天堂の新機種3DS買いやがった。親に昼飯でもご馳走してくれよ〜、と言っても無駄だった。
震災で全国解禁になっていたラジコが通常の状態に戻り聴けなくなった。テレビはどこ見ても同じなので、ラジコや深夜ラジオをよく聴いてる。ラジコのおかげで十四年ぶりにリアルタイムで演芸好きにはたまらない「ラジオビバリー昼ズ」を最初から最後まで聴いた。冒頭のフリートークはポッドキャストで毎日チェックしてたがやっぱり最後まで聴けるのは楽しい。ラジコ全国解禁中に友人からJ-WAVEでRCサクセションの「サマータイム・ブルース」が流れた、とメールが来るが、のがした。原発事故の後、放送局は自粛してるらしい。忌野清志郎は湾岸戦争のとき泉谷しげるに持ち曲の「戦争小唄」を今やれ、言ったという。泉谷しげるはやらなかった。
仕事から帰ると、おっ、今日は十六日。カフカだ。リアルタイムの時間は仕事中だったのでアーカイブでみる。ダカダッダッ・ダカダッダッ・ダカダッ。何すんの今から、と思いながら始まり、見終わったら深夜一時過ぎになっていた。再演されますように。行けないとおもうけど。
仕事先、「今、内地のものは怖くて沖縄産のものを送ろうとおもうだけど。」という派手なババアの相手をする。相手をしながら、おいおいなにかあ、北海道から九州までみんな放射線にやられているのか、馬鹿かおのれは、おのれのようなやつがあらぬ風評を広めるんだよ、と内心ではつぶやき、表向きは丁寧に産地についての確認の仕方を説明する。家に帰っても嫌な気分。酒を煽る。
福島での余震の速報がテレビのテロップで続いたので白河に住むマッキーにメールを送る。連休でも夏休みでも、気晴らしにいつでも沖縄に来い、と。近所のホテルだったら知り合いが働いているから、あれこれ、あちらこちらからのコネを使いまくり安くしてくれだろう。返信では子供の学校のスケジュールがガタガタとのこと。最後に「もうちょい、がんばろう。」とあった。
四月が終わればこちらの仏壇行事も落ち着き始める。一月の正月、二月は旧正月とあの世の正月の十六日祭。三月はお彼岸。四月の清明(シーミー)と毎月何かある。うちのシーミーの前の日に墓掃除に行く。行ってみるときれいにされていた。先に来たいとこがやってくれたみたい。掃き掃除と雨が墓の屋根をつたってできた汚れをたわしでゴシゴシ。いつもだと二十九日だが今年は三十日。連休なので熊本から三名やってきた。ひととおりのお供えものを持ち、母親が親戚の墓にも御願(ウガン)をしたあと、重箱を広げみなで食べる。今年十九名が集まった。天気は曇りだが、少し雨がぽつぽつ。家を出る前、ニュースで沖縄は梅雨に入った模様とのこと。はやくも長い夏が始まった。