いま聴きたいのは深みのある人の声

「ことばのポトラック」を思いついたのは震災から一週間後の連休のことだった。渋谷で<サラヴァ東京>を経営する潮田さんに相談したところ、二つ返事でやりましょうといってくれ、すぐに詩人や作家の方々に連絡した。作品を披露するというのではなく、いまみんなと分かちあいたいことばを持ち寄って心を暖めましょう、という気持ちだった。

24時間のうちに十数人が名乗りを上げてくださり、翌日にwebサイトとメーリングリストで告知を流したところ、たちまち予約が埋まり、3月27日に開催した。みんなおなじ思いだったのだ。津波のニュースによって心をさらわれ、原発事故で見えない恐怖に襲われ、すっかり萎縮してしまった心身をなんとか解きほぐしたいと願っていたのである。

当初は1回の予定だった「ことばのポトラック」は、その日、終わってみんなと話しているうちに、一年つづけよう、そして毎回冊子を出そう、というところまで発展してしまった。ことばにたずさわる人間としてやれることはそれしかないという切実な思いだった。

その第2回が6月26日に巡ってくる。初回に武満徹の歌曲を歌ってくれたかのうよしこさんによる「にほんのうた」のソロコンサートである。1回目のときに、詩の朗読会だったら音楽がなくちゃ、と言ってくれたのは管啓次郎さんだった。そうか、なるほど、と思ってかのうさんに出演をお願いした縁でこのコンサートが成った。

かのうさんの声は一度聴いたら耳について離れない声である。歌のうまい人はよくいる。きれいな声の人も多い。だが気になる声の人というのは、そういるものではない。かのうさんはそのひとりだ。アルトの声そのものがドラマを感じさせ、第一声を発するだけで何かがはじまりそうな予感で場を満たしてしまう。マイクなしで届けられる深い響きに心をさらわれる。

ふだんは外国の歌曲を歌うことの多い彼女に、今回は日本語の歌をうたってほしいとリクエストした。いま私たちが欲しているのは、自分のものになりくい外国のことばの歌ではなく、響きにも音にも意味にも長く親しんできた、すぐに心に染み入る日本語で語りかけられる歌だと思う。

これまでの日本歌曲の歌唱は、ことばがよく聞こえなかったり、詩の意味が伝わってこなかったりするものが多かった。もっと別の歌い方ができないものかとかねがね思っていたが、今回は「からたちの花」や「この道」など、だれもが知っている日本歌曲を一オクターブさげて歌ってもらうことにした。低音域に強い彼女にはそれができる。するとどうだろう、「からたちの花」はまるでそこに咲いているように、「この道」はまさに道の情景が浮かんでくるように感じられるのである。人の語りに近い声色の効果だろう。ステージをおりてカフェのフロアで至近距離で歌ってもらう予定である。

水牛レーベルから出ている港大尋さんのCD「声とギター」のなかからも一、二曲歌わせていただくなど、「ことばのポトラック」にふわさしい内容になりそうだ。山田耕筰のころから現代まで、時代は移り変わっても、私たちが人の声に勇気づけられ心を癒されてきたことを、彼女の深い声はきっと証明してくれるはずである。


3月27日の「ことばのポトラック」の模様をu-tubeでご覧になれます。
part 1
http://www.youtube.com/watch?v=hb7dutweUSc
part 2
http://www.youtube.com/watch?v=2FdA-f4vVuA

*予約はサラヴァ東京
http://www.saravah.jp/tokyo/

*第3回は7月3日(日)「ことばの橋をわたって」と題して、日本語と外国語のあいだを行き来している翻訳家、語学教師、在東京の外国人作家など十二名が出演します。

*今後の「ことばのポトラック」の予定についてはwebカタリココ
http://katarikoko.blog40.fc2.com/