我が家の愛猫、マロンはもともと他の家人と僕との接し方に差を付けている。テーブルの下に隠れていて、僕が通りかかると突然飛び出してきて足に食らいつくのだが、そんなことをするのは僕に対してだけなのだ。嫁にも娘にも息子にもそんなことはしない。
エサをねだるときも同じだ。朝の8時頃と夜の7時頃がマロンの食事時。その前後になると「ごはん、ごはん」とうるさい。いや、冗談ではなく「ごはん!」と鳴くのだ。正確には普段の「にゃあ〜!」が「ゴニャン!」になるくらいなのだが、明らかにマロン自身は「ごはん!」と鳴いているのである。で、これが始まると誰彼なしに足下にまとわりつく。そこまでは家族全員に同じ対応なのだが、それでもエサをやらないでいると、僕にだけ甘噛みしてくるのだ。嫁にも娘にも息子にもそんなことはしないのに。
こうなると、マロンが僕の扱いと他の家族の扱いとに差を付けているとしか思えない。そして、最近になって、新たに僕だけにとる行動が増えた。それは、僕がカーペットの上にあぐらをかいたときに実行されるのであるが、こんな感じだ。
僕がコーヒーなどを手にテレビの前に陣取る。カーペットの上にじかにあぐらをかいて、リモコンでテレビの電源を入れる。そして、ゆったりと映画なんかを楽しみ始めると、小さくニャン!と鳴きながらマロンが近寄ってくるのである。そして、僕の真横に座る。このときは必ず手足を小さく折って箱座りするのである。僕が気にせずに放置していると、マロンは再び、ニャ!と鳴くと突如、僕の真横で白い腹を見せるのだ。まるで甘えるかのように、媚びを売るかのように、白い腹を見せて、ニャアニャアと鳴く。僕がそれでも無視していると、あぐらをかいた足とカーペットの間に自分の前足を突っ込み、白い腹を見せながら手足をバタバタさせるのだ。まるで先に寝ている男に媚びを売りながら近付いてくる恋人のようだ。
マロンがこの行動を取り始めて約1ヵ月。そう、僕がちょっとばかり入院して帰ってきてから、突如この行動が始まったのである。なにが起こったのか。もしかしたら、僕の身体の変化がマロンの中の何かに火を付けたのか。もうまるで、恋人にモーションをかけるかのように、マロンが僕に色目を使いながら、腹を見せ、ちょっかいをかけてくるのだ。
なぜだ、マロン。僕はもう来年五十歳になるおっさんだぞ。そして、マロン、お前だって、人間で言うと30代半ばになっているのだぞ。おっさん同志の関係に、何を望んでいるのだ。
そんなことを考えながら、ぼんやりと雑誌を読んでいた。今日の午後のことだ。また、マロンが近付いてきた。隣に来て、腹を見せるのだろうと思いながら雑誌を読み進める。来るなら早く来い。お前は僕を恋人と間違えているのか。それともちょっかいだして遊んでいるだけなのか。そんなことを思いつつ、気持ちとしてはマロンが近付いてくるのを楽しみに待っている。おかしい、来ない。どうして来ないんだ。そう思うが僕は意地でも雑誌からは目を離さない。駆け引きに負けてたまるかと思う。すると、かすかにマロンの爪がカーペットの上を歩く音がする。
僕は隣でマロンが横たわるのを待っている。ところが、急にマロンは僕の背後から走り寄り、僕の背中を駆け上ったのだ。そして、僕の頭の上にあがろうともがいたあげく、ドタンとカーペットの上に落ちて、ニャア!と鳴いて走って逃げた。
その去り際に、マロンが一瞬立ち止まってこちらを振り返ったのだが、その時の顔を見て悟ったのだ。ああ、遊ばれていたんだな、と。もちろん、そう思ってしまったことをマロンに知られないように、僕は雑誌のページをめくるのだった。