製本かい摘みましては(71)

"電子書籍元年"の次の年こと今年の東京国際ブックフェアのワンツースリーは、ワン=創業125年の河出書房新社が名著復活プロジェクト「KAWADEルネサンス宣言」のために高く組んだ本棚。ツー=日本雑誌協会が展示した「石巻日日新聞」と隣の幸福の科学出版ブースで流れる「私は火星人」ビデオとのギャップ。スリー=渋谷文泉閣の「クータ・バインディング」。今回はそのスリーのこと。

渋谷文泉閣のブースにはクータ・バインディングによる手帳やノートが色とりどりに並んでいた。クータ・バインディングとはひとことで言えば開きの良い並製本。背に空洞がある。「クータ」とはホローバック上製本の背の部分に貼ってある筒状の紙のことで、これにより背表紙と本体の間にすきまができて本の開きが良くなるのだが、それを並製本に応用したのがクータ・バインディングである。同社最高技術顧問の渋谷一男さんにうかがうと、開発のきっかけは「ページをおさえなくても読める本が欲しい」という手の不自由な友人の言葉だったそうである。そのころ特に製本業に求められていたのは「丈夫」であること。背の接着の強度を高める工夫が結果的に友人の不自由をうんでいた。どうするか。手作業時代を振り返り、クータの利用を考えたそうである。量産のための機械開発に2年。晒クラフト紙などを両端から折って筒状にして本の天地寸法にカット、それから表紙の裏側に貼る工程を、1台平均3000枚/時こなす機械を完成させた。

接着剤にも苦心した。よく開いたとしてもすぐにページが抜けてしまうようではもちろんいけない。何かないかと米国へ。事情を話すと自動車の内装材などを貼る接着剤を勧められる。柔軟性と強度を併せ持ち熱にも強い。それがPUR (Poly Urethane Reactive 反応性ポリウレタン接着剤)だったそうである。こちらは15年ほど前から通常の並製本にも広く用いられるようになった。こうして同社は平成19年〜20年には日本・韓国・台湾でクータ・バインディングの特許を取得、現在は導入を希望する同業他社にコンサルティングや技術移転を積極的に行う。ところでコストは? 通常の並製本よりはもちろん高いが糸かがりより安いという。強度は糸かがりに匹敵しますよ、というのはほんとうで、実物を強引に開いてみているがページがはずれることはなさそうだ。かといってちょうど今恒例の市販手帳を作っていてコストは少しでも抑えたいけれど手帳には採用しにくい。通常の並製本から変えるにはコストが、糸かがりから変えるには強度への不安がネックになるが、三者が歩み寄っていずれスタンダードになりそうな気もしないでもない。

ブックフェアでいただいた資料には「クータは背幅より左右に4.5mmずつ広く、PURの塗布は0.3mm前後」といった経験の成果が細かく記されている。手製本で糸かがりしてクータを付けたり既製の並製本をハードカバーに仕立て直すときの参考になるが、細かなことを言えばここに示されたのはPURを0.3mm前後均等に塗布することが前提だ。美篶堂さんが小売りしているねばりけのある製本用ボンドや市販の木工用ボンドではどれくらいがベストになるだろう。2003年の東京製本倶楽部展(目黒区美術館)では、製本家の岡本幸治さんがさまざまな方法で角背本の背の開き具合を見せてくれていた。背を接着したものしないもの、背幅同寸あるいは幅広のクータを貼ったものなどがあり、幅広のクータを貼ったものが最も開きやすかったのを覚えているが寸法のことは覚えていない。NPO書物の歴史と保存修復に関する研究会では2009年に「表紙カバーと本体との一体化」として表紙カバーをクータを用いて本体に貼り付ける実験をしていて、やはり背幅より広い幅のクータを貼ることで開きは良くなると報告している。ところで「クータ」というのは関東の製本職人が「空袋(くうたい)」と呼んでいたものが変化したものらしい。スペルはわからないがフランス語か英語だとしばらく思っていた。物は人の手から生まれ、手の名残りは物に継がれる。