製本かい摘みましては(74)

製本講座をするときには、紙や筆記具のみならず糸でもビーズでもシールでもレースでも手持ちのもので使えそうなものがあったらなんでも持ってきてと言う。最近目立つのはマスキングテープの多用。具体的にはカモ井加工紙の「mt」で、ほとんどのひとが持っている。数人集まれば「とりかえっこ」がはじまって、自分では選ばない色柄と組み合わせることで生まれる効果でもりあがる。

mtの魅力はなんといっても和紙の質感、そして、安定感のある色合いだろう。さらに柄が加わって、今やいったいどれだけ種類があるのか。10月31日から11月8日まで東京・渋谷で「mt博」が開かれるというので行ってみた。駐車場の車も含めて会場全体がカラフルに彩られ、1階にはもりもりとmtが並んでいるようだがあまりの混雑で踏み込めない。レジには箱買いした人が長蛇の列、限定品かなにかあったのか......。人ごみを背にしたら奥の部屋に断裁機が見え、職人さんがテープ幅に断裁している。粘るから刃物に水をかけながら切るのだそうだ。見た目でしくみがわかる年季の入った小型の機械だ。2階の和室部屋には同社の商品パッケージや広告があり、ごく簡単に社史を眺められる。

カモ井加工紙は1923(大正12)年に倉敷で創業したハイトリ紙のメーカーである。天井から吊るすリボン状の蠅取り紙は子どものころに見ていたが、それとmtがルーツをひとつにしているとは『粘着の技術 カモ井加工紙の87年』(吉備人出版 2010)を読むまで知らなかった。岡山の方言で蠅をハイと呼ぶことから「ハイトリ紙」と名付けたそうで、最初は平らな紙だったが1930(昭和5)年になって上からぶら下がるものにとまる習性のあるヒメイエバエ対策に「カモ井のリボンハイトリ紙」を売り出したそうである。蠅がついていなくても茶色のベトベトがなんとなくコワイというかキタナイように感じていたのは気のせいだった。実際はハトロン紙に松ヤニを塗っただけ、くるくるとテープを巻くのは手作業だったと本にある。

粘着技術を活かして和紙の工業用テープを発売したのが1962年。日本では車塗装の養生用に大正の初めころからあった和紙の絆創膏テープを最初は代用したそうで、同社が専用テープを開発するにあたっても和紙を基材としたようだ。海外のマスキングテープの基材はクレープ紙(しわ加工してある)で和紙より厚い。和紙のほうが手で簡単に切ることができるしコーナーでも曲線を作りやすいので、同社は和紙にこだわってきた。和紙テープの構造を見ると外側から剥離剤、背面処理剤、和紙基材、アンカー剤、粘着剤の5層。比べてクレープ紙は剥離剤、クレープ紙、粘着剤の3層である。和紙の強度だけが同社の強みではなさそうだ。

1969年に6色のカラー・テープを発売したこともあるが、現在のような雑貨としてのブームを生むきっかけとなったのは、2006年に東京・経堂のROBAROBA cafe店主いのまたせいこさん、コラージュ作家オギハラナミさん、グラフィックデザイナー堀内歩さんが自主制作した「Masking Tape Guide Book」と、3人の申し出による工場見学にある。2007年11月、mt全国発売。たった4年前のことなのか。手製本の表紙に飾りとして貼られたmtはこれから時間が経てばはがれることもあるだろうが、古本に残されたセロハンテープのように両端が反り返ったりべとべとしたりぱりぱりになったりすることはないだろう。mtはいかにも丈夫で柔軟で、しかも跡形もなくはがれてくれるもの。いや、「テープ」つながりでセロハンテープをここに持ち出すのは反則か。透明のテープは当時いかにも万能だったろうし、なによりも、飾るのではなく修理や保護のためのものだったのだから。