先日福島で有機農業者らが企画したシンポジュームで明峯哲夫さんという方が話された。「逃げる場所はない。放射能と共存する覚悟が必要。それでも、種をまこうという人と、福島県産の農産物は、食べないという人に分かれたのは本質的な問題だ。頭の世界じゃない。感性の世界。汚れやリスクと共存していこうという能力は、土からうまれる。日ごろから土と付き合っていると、闘っていこうという根性が着く。都市の人間は、そういう根性がない。有機農業の運動は、たくましい農民を生み出したが、たくましい都市住民は生まなかった。既成の都市と農村の関係をそのままにして持続可能な社会は作れない。都市人間は、生活の中で土をいじれ。感性と肉体だ!」
イラクの難民キャンプに行くと、何もない土獏が地平線のかなたにまで広がっていて、そんな土の上に粗末なテントが建てられている。中東ではありきたりの風景なのだが、感性と肉体が研ぎ澄まされていくのを感じる事がある。難民は、すべてを放り出して、逃げてきた人びとだ。生きることの本質が視覚化されてもいる。僕は農業をやらないから、こういったキャンプで出会った人びとの汗と涙、そして砂漠の土は、都市生活者の僕を鍛え上げた。だから、なんだか、イラクと福島が僕の中で自然につながってしまった。