荘司和子訳
ザワザワと翼が風に当たる音がしてくる。渓流のある谷底は広かった。風は次第、次第に強くなってくる。何千何百という鳥の群れが風と戯れながら飛び回っているのが目に入った。君は信じるだろうか、大きな鳥、小さな鳥、黒、白、茶、紺、緑、尾の長いの、丸いの、短いの、が騒がしい音で飛び回っているのを。このように多種多様な鳥たちはいったいどこから来たのだろう。。。想像だにしなかったこの場所が何故また彼らの集まってくるところになったのか。。。生きているうちにこんなものに出くわすと誰が思っただろう。かれらは騒々しく、楽しそうに、つつきあって、競い合う。枯草の根も枯葉も入り混じって風に舞っている。わたしはといえば、何千の翼とくちばしの混沌と粉塵と自分自身の呼吸のただ中に深く沈んでいた。
一時間ほども過ぎただろうか、わたしはそれまで起きたことに疲れていたようだ。風と何千もの鳥たち、名も知らない3人の人たち、尾根にある住む人のない小屋。混沌と騒ぎが過ぎた後では時間があたかもいっとき止まったかのようだった。
静けさが訪れてきた。昆虫の羽音が歌のリズムのように聞こえてくる。やもりが今にも朽ち落ちそうな古い竹の壁で小声で挨拶している。自分が身動きする音がごそごそいう。蟻に噛まれた腕の内側が赤くなっていてひりひりとかゆい。
目が覚めたときはすっかり夕方だった。目を開けると金色の美しい夕陽が柔らかくわたしを包んでいた。
意識がもどるや否やわたしは何かに怯えるように身の毛がよだった。
わたしがまどろんでいたのは荒れた畑の端にある廃屋で、遠くから木の葉の音がしてわたしを起こしてくれた。二本の腕で這い上がるようにしてようやく白昼夢から身を動かすことができるようになった。
わたしが実際に泊まるところはここから2、3キロ離れていた。そこは森林局の人がいて寝るところもちゃんとしている。たぶんわたしを気遣って待っている人たちもいるはずだ。
でもここ、わたしが不覚にも長い時間眠ってしまったところ、は実に何もない。ただ乾燥と草の切り株、そして世にも不思議なわたしの夢があるのみだ。(完)