銀座線の新型車両1000系に遭遇した。車体は昭和2(1927)年開業時の1000形を模したレモンイエロー色のシートをフルラッピングしてあり、内装は明るい。開業時に通ったのは浅草駅から上野駅まで。引越しして最寄り駅となった稲荷町はその間にあって、今も入口壁面に「地下鉄」の大きな文字が残る。この駅のつくりはほぼ当時のまま、浅草通りから降りる階段はせまく、地上の広々とのギャップが可笑しい。
銀座線で日本橋、東西線に乗り換えて九段下、千鳥ヶ淵を歩く。目的のギャラリーに向かったらフェアモントホテルの跡地だった。ホテルが出していた「桜が咲きはじめました」の新聞広告は閉館してから千代田区が引き継いだようだが今年も出ていたのだろうか。5月も末、桜は黒く緑。跡地はすごいマンションになっていて、1階が「ギャラリー册・千鳥ヶ淵」だった。通り一面のガラス張りの奥に3人の製本家と1人の箔押し師による展示「森羅万象ミクロコスモス―ルリユール、書物への偏愛 Les fragments de M の試み」がみえる。
それぞれの作家の作品はこれまでもみてきたが今回は別、「Les fragments de M」と名づけたユニットとしての活動表明だ。個々の作品の展示のほかに、ユニットとして注文に応える用意が示されている。注文制作は本の内容により依頼主の好みにより予算により制作者の技術とセンスによりどんな風にも仕上がる。しかしそれはあまりに当たり前で、初めて出会う依頼主と制作者がその曖昧を緊張に変えて契約を交わすのは稀なことだろう。「稀」にしびれをきらした4人が、その原因を自分たちに課して出た。
会場の一番奥にクラシックなスタイルでパッセ・カルトンされた本が並ぶ。革と紙が幾種類も用意されている。それぞれ選び、革の使い方によって総革装ジャンセニスト/半革両袖装/半革額縁装/半革角革装から選び注文できる。総革装16万、半革装10万円。なるほど。紙はほかにもある? 革の色はもうちょっと薄いほうがいいんだけど。本の内容をイメージしてモザイク入れてもらえる? これを前に互いに言葉を交わすうち、「曖昧」の花びらがめくれることもあるだろう。
暮れた千鳥ヶ淵を歩いて戻る。玄関にウツギの花びらが落ちている。芍薬は綿飴みたいになっている。ルリユールに趣味未満でなついている私としては言いにくいのだけれど、ルリユールを趣味で楽しむものの"憧れに囲まれる"のを拒否した展示だと思った。わたしたちはこんなに製本や箔押しに夢中になっていていいのだろうか。悪いとわれても夢中でいる場所をみつけなくては。わたしたちを求めるひとはいるのだろうか、待っているテクストはあるのだろうか。いるよね、あるよね。どこにいる? どこにある? 会場は静かだが、強いミストを浴びた。展示は6月9日まで。日曜月曜休廊。