来年の3月はイラク戦争開戦から10年目になる。僕にとっては、まるで昨日のことのようにこの戦争が思えるのだが、10年というのは、たいそうな月日である。10歳だった子どもは、20歳になっているから、2倍生きたことになる。
イラク関係者で、3月20日に、記念イベントをやろうということになった。しかし、なんだか記念イベントで終わらせてしまうと、本当にイラクは幕引きになってしまう。そんな危機感を抱きながら、今のイラクをしっかり見てこようと単身バクダッドに向かった。といってもいつも単身なんだが。
日本に連れてきたい子どもがいる。スハッドちゃんだ。僕が2002年にイラクに初めて行ったときに出会った子どもだ。バグダッドの音楽学校の用務員さんの子どもで、学校に住みこんでいた。戦争前のバグダッドって本当に楽しかった。戦争が始まってひと段落したとき、スハッドを含めて5人の兄弟姉妹で、絵をかいた。谷川俊太郎さんの詩に、子どもたちが絵をつけていったのが、「お兄ちゃん死んじゃった」。教育画劇から出版された。
あれから10年がたった。スハッドちゃんは、20歳になっていたが、音楽学校でオーボエを習い、オーケストラで演奏するようになっていた。日本でコンサートをしてほしいなあと思う。
バグダッドの飛行場。
しかし、あの時のまま。なんら改装されていない。セキュリティの問題で、決められたタクシーが、チェックポイントまで行ってくれる。かつては米軍がセキュリティチェックをしていたのが、イラク軍に変わっただけだ。スハッド達は、学校を離れ、市内の借家で暮らしている。市内は、コンクリートの壁で区切られ、数百メートルごとにチェックポイントがある。治安はよくはなっているが戦時下そのものだ。この町にいると落ち着かない。怖い。といっても、実際は思っているほど怖くはないのかもしれないが、車から一歩も外には出たくないし、一人では歩けない。息がつまりそうだ。
スハッドに聞いてみた。
「この十年間はどうだった?」
「戦争は怖かった。アメリカ人が入ってきて、殺されるんだろうって思ったわ。でも今は、よくなった。」
「電気もないのに?」
「ずいぶんと停電も少なくなったのよ」
「外で遊べないでしょう?」
「外に出ないから、怖くもないわ」
もっと文句が出てくるかと思ったら、そうでもない。子どもたちにとっては、戦時下の生活が日常となり固定化されているのだ。
「将来は何になりたいの。」
「イラクでは、自分で学部を選べないの。成績ですべて決められるの」
スハッドは確か数学を勉強しているとか言っていた。
「それで、皆文句言わないの?」
「文句言っても仕方ないでしょう」
10年たって、スハッドは英語も話せるようになってこんな会話を交わせる。劣悪な環境でも子どもたちは、前向きに成長しているのがすごい。
一方、日本はどうだろう。
電気が少しなくなるだけでも、大騒ぎだ。
日本の若者たちとぜひ戦争の話をしてほしいとおもった。