真夜中の台所で詩が生まれたのは
遠いむかしのような気がする
その台所にきょう 人の気配はない
きのうSさんに向かって放ったはずのことばが
手放しきれない話者をきりきり縛る
文学のことばなど なんの役にたつのか?
辺境で老いてゆく人の口からこぼれる
優しさの衣つるり◯けたことばが
無意識の共有部分に爪をたてる
文学のことばなど なんの役にたつのか?
真夜中に走り出す指は 気配まで消臭された台所で
失われた玉を透かし 生き延びるための
無骨なレシピを書き出し
アジア風炊き込み御飯の定義で
分裂することばの屋根をささえる
打ち上げ花火の文飾が夕闇の濁った雨に滲んで
目くらましの話法も朽ちた落ち葉の底に沈んで
ことばのあぶくは要らない ドライヴ感ばかりが
うつし世と同衾する文体は要らない と
つよく澄んだことばの白玉を手探りする