ジャワ舞踊関連の話ということで、今回はジャワの伝統衣装の着付、とくにバティック(ジャワ更紗)の着付のポイントについて書いてみたい。衣装の着付にも興味があったので、留学中は宮廷の古いやり方を知っているような人に師事して、習っていたのだ。以下に書くのは、特に習ったというよりはいろんな人のやり方を見て盗んだコツである。
一般的に、東南アジアの民族衣装の着付けに共通するのは下半身に布を巻くという着方で、それには染物もあれば織物もあるけれど、地域特産の伝統工芸品になっているものが多い。一方で、上半身といえば、だいたい東南アジアのどこでもブラウスみたいに縫製したもので、材質も女性ならレースなどヨーロッパ的なものが多い。これは、昔は東南アジアの女性は上半身に何も着ていなかったのが、西洋人が来て服を着せるようになったので、上半身の服はデザインも材質も西洋風になったのではないかなと思う。というわけで、下半身には土着文化、上半身には外来文化が現れるのがアジアの民族衣装、と言う気がする。ここでは、簡単に着られる上半身の着付はおいといて、下半身だけの着付に的を絞ることにする。
下半身に布を巻くといっても、布を筒型に縫って着るもの(カイン・サロン)と、そのまま巻く着方(カイン・パンジャン)がある。サロンは、少なくともソロやジョグジャといった王宮都市では正装ではない。正装するときは、男女とも、1枚のバティックの端に折り襞(ひだ)を取って、それが前身頃の中央にくるように巻く。バティックの柄や襞の取り方には、音楽や舞踊と同様に、ソロとジョグジャで様式差がある。そういう知識は、今回は割愛...。なお、バティックは木綿布をろうけつ染めしたものが正式で、いかに高価でも、絹布にろうけつを施したものは宮廷の正式の場では着ない。
で、やっと本題。
カイン・パンジャンのバティック着付の一番のポイントは「太腿で着る」ことで、お尻から太腿にかけてぴったり沿うように巻くのが大事。これがあまり着慣れていない人の場合だと、どうしても洋服のようにウェストで着てしまう。脱げないようにと思って、ウェストのところを紐でくくってから(日本には腰紐という便利なものもある!)スタゲン(下帯、後述)で巻く人もいるのだが、それは逆効果で、かえって着崩れる。というのも、どうしてもウェストだけに意識がいってしまい、スカートのような着付けになってしまうからだ。きちんと太腿で着たら、腰紐は不要なのである。ただし、太腿を覆う丈のスパッツやらストッキングやらを下に穿いては駄目である。滑ってバティックが太腿に沿わなくなる。
カイン・パンジャンの横の長さはだいたい2.4mで、体に1周半巻きつけて余った部分が襞になる。バティックを巻くときは、バイアスに布を当て、片足の膝下辺りまで下前を上げて着るのが普通だ。そうすると、裾捌きがよく、裾つぼまりにも見えるというのだが、私はそうしていない。ほぼまっすぐ巻きつけて、着付けてから下前の裾を上に心持ち引っ張り上げるだけである。理由は、あまりバイアスが急すぎると歩いたり動いたりするたびに上前の裾も上がってくるので、落ち着かないから。結婚式の受付だとかモデルのように立っているだけなら良いのだが、私が正装するときは宮廷の行事に入れてもらうときが多く、立ったり座ったりすることが多かったので、けっきょく立居が楽な着方になってしまった。
さらに、一般にジャワでバティックを着つけてもらうと、足を閉じて(あるいは足首を交差して)立った状態できつく巻きつけられてしまうので、「太腿で着る」と言うよりは、足枷をはめられたような状態になる。これでは立居がきつすぎるというわけで、私は足を少し広げて立った状態で、太腿にぴったり沿うようにバティックを巻く。こうすると適度にゆるみができるので、床に座ったり大股で歩いたり(正装時は大股で歩くべきでないのだが、儀礼調査の場合はそんなことも言ってられない!)が楽にできる。この足を広げて立つというのは私には目から鱗で、このコツを私は芸大舞踊科の先生から盗んだ。ちなみに、舞踊用にサンバラン(カイン・パンジャンに布を足して裾を引きずるように着る)を巻くときは、裾捌きがよいように、私は肩幅くらいに足を開いて巻いている。
バティックを巻いたら、今度はスタゲン(下帯)を巻いて留めるのだが、このとき、腰骨の上でスタゲンをまず3回ずらさずに重ねてきつめに巻くというのがポイント。そうすると、その後はそんなにきつく巻かなくても着崩れない。スタゲンは半幅帯の半分の幅(約18cm)に長さ約4.5mの厚地の織布で、下着扱いである。腰から上に少しずつずらしながら巻き上げていくのだが、初心者はここでもウェストをマークする着方になりがちだ。そこに、お腹が出ているのをひっこめたいという欲望も手伝うものだから、スタゲンの巻き始めはおろそかだが、お腹の部分はギュウギュウ締め付けてしまいがち、という結果になる。これでは内臓を圧迫することになり、西洋のコルセットと同じで体に良くないし、柔らかい大地(お腹の贅肉)に載ったスタゲンは少しの地震(運動)でずれやすい。けれど、腰骨は固くて動かないから、ここで3周も巻くと、バティックの位置がしっかり固定される。
スタゲンを巻くときには、前身頃に垂らした襞の根元に当たる部分を少し上に引き上げてU字に外側に折り曲げ、その上からまたスタゲンで巻いていくのもポイント。これは私のオリジナル・アイデア。(ジャワでやっている人もいると思うけれど)。立ったり座ったりを繰り返していると、どうしても前に垂らしている襞を踏んづける可能性が高くなる。そのままスタゲンで押えるだけでは、引っ張られた裾はずるっと出てしまうので、そうならないようストッパーをかけておくのである。
というわけで、バティック着付のポイントは太腿から腰骨のところで、いかに体に沿わせるかという点にある。着物の場合は、バティックのような意味で着物が太腿にぴったり沿うというわけではないけれど、腰骨の位置で留めるというのは同じだ。だから、着物をよく着る人がバティックを着ると、とてもなじんで見える。
上に書いたのを読み直してみたら、正装してがさつに動き回るのを前提にしていて、お姫様度からはほど遠く、赤面してしまう...。