パティ・スミスに憧れている

この、くしゃくしゃの髪型は、パティ・スミスに憧れているからなんだ、と言うと彼女の事を知っている人は意外な顔をして、笑う。

8年ぶりとなるオリジナルアルバム「BANGA(バンガ)」(2012年8月)をひっさげて、パティ・スミスが来日した。仙台からスタートしたツアーは東京、名古屋、金沢、大阪、広島、福岡と丁寧に日本各地をまわるスケジュールが組まれ、著作のサイン会やインタビューに積極的に応えている姿に、東日本大震災と福島原発事故に遭った日本人を元気づけようとするパティの明確な意志を感じた。1月23日に渋谷のコンサートを聴いて、直接被害に遭ったわけではないけれど、世界から見れば、私自身も災害に見舞われた日本に住む者の一人だったんだなと改めて感じた。東京の会場に集まった人たちに対しても、被災地の人にむけるのと同じ思いやりが込められていると感じて、そんなことを思った。そして、それは、日本だけではない、パティや彼女の家族も遭遇している地球規模の問題に共に直面している仲間としての連帯感を持った思いやりだったのではないかと思う。奏でられたのは、とびきりのロックンロールだったのだけれど。

来日に合わせて翻訳が出版された回想記『ジャスト・キッズ』を手に入れて、早速読んだ。ロバート・メイプルソープと出逢い、自分の道を見つけていくまでの彼女の冒険譚だ。

本の中に心惹かれるエピソードが出てくる。「昔、母とショーウインドウの前を歩いていて、なぜ人はガラスを割って中に入らないのかと聞いたことがある。子ども時代、いつも店のショーウインドウを叩き割りたいと思っていた。たまに足で窓ガラスを突き破りたいという衝動にかられることがあるの」とパティ・スミスがサム・シェパードに話すと、彼はその話に共感してくれて「蹴ろよ、パティ・リー。俺が見逃してやる」と言ったという。
入れない場所に、欲しいものを飾ってうらやましがらせるショーウインドウ。欲しければガラスを破って入れば良いのに・・・。それは、単なる破壊ではなく、窮屈なルールにとらわれないまなざしであるとも言えるのだ。社会的には「反抗心」と呼ばれるものなのだけれど。

あれだけの事故があったにも関わらず原発をやめようとしない人たちについて、インタビューに答えるパティの考え方を聞いていると、彼女の物事を見る眼差しはちっとも曇っていないと感じる。彼女は自由で、正直で、率直だ。「しかたないんだ」と物事を留保するようなことはしない。パンクであり続ける彼女は、やはり私の憧れであり続ける。