アジアのごはん(61)タイのデモ

タイのバンコクに来ている。バンコクの街はどんよりと霞んで、目もよく見えない。バンコクもpm2.5がひどいのである。日本の sprinterという予測システムがネットで一週間程度のpm2.5の大気予測を出していて、アジア全体の大気の流れ、pm2.5の流れがよく分かる。中国から日本へ濃いpm2.5が流れてくる情報を見て外出するかしないか決める毎日だが、いつもバンコクあたりの濃いpm2.5の雲が気になっていた。ラオスやタイ北部も濃い。こちらは山焼きや山火事の煙によるpm2.5。バンコクは、排気ガスや工場排気が多い地元産のpm2.5だろう。

確かに目がちょっと痛いし、目がかすむけれど、日本のpm2.5の濃い時のような激しい頭痛、呼吸困難のような胸の苦しさ、体全体の不調、といった激しい症状は起こらない。日本にやってくる中国由来のpm2.5がいかに化学物質や、汚染物質が満載なのか、体をもってして実感してしまうのであった。

それでも、今日はバンコクに来て初めてすっきりと晴れた。1月28日にやってきたのだが、バンコク在住の友人たちから「今バンコクは経験したことがないほど寒い」だの、「今夜は14度しかない」とかさんざん脅されて、長そでを多めに持って来たりしたのに、北極由来の寒気はちょうど去ってしまったらしく、連日きっちり暑い。どうしてくれる、この長そでの服たちを。

バンコクではpm2.5が多くて、かすんでよく先が見えない日が多い。タイに来るまでは今のタイの反タクシン運動についてもいまひとつもやもやとして、すっきり見えていなかったが、昨日ちょうどデモ行進に遭遇して、反タクシン・デモ隊の雰囲気を感じることができた。ちょっとだけ目の前の空気が晴れたような気がするので、今月はタイのデモのことを書こう。

昨日、友人が「今日はデモ隊がオンヌット方面をデモ行進中だから、出かけるときはBTS高架鉄道で行ったほうがいいですよ」と電話してきてくれた。今回はオンヌットのさらに西のウドムスックというBTSの駅に近いコンドミニアムが宿だ。「なにか特に騒ぎが起きそうな様子とかは?」「いやそれはないです。ただ、片側車線封鎖しながら行進するから渋滞するんで」

ちょうど、もっと先のプロムポン駅近くに買い物に行こうと思っていたので、じゃあ問題ないね、と連れと出かけた。プロムポン駅に着くと、高架の駅からみんな下を見ている。寄ってみると、下の道路は車が走っていない。「デモ隊が来るんじゃない?」迷彩服で武装した兵士が二、三人駅に立っているのは上から爆弾など投げたりするのを警戒しているのだろう。

待っていると、まず歓声が遠くから聞こえてきて、沿道にも市民が集まってきた。ちょうど昼休みで、会社の社員やデパートの職員や、工事現場の労働者も立って見ている。タイ国旗カラーの応援グッズを売り歩く人もいる。旗を振っている人もいる。まず、バイクの一団が旗を振りながらやって来て、続いて人々が三々五々歩いてきたと思ったら、すごい数の人が続々と歩いてきた。みんなニコニコしながら、旗を振ったり、手を振ったり。後ろから巨大なスピーカーを積んだ車が軽快な歌を流しながらやってくる。ラ〜ラ〜ラ〜なんとか〜〜オクパイ・タクシン〜! シュプレヒコールというにはあまりにも楽しい「タクシン出ていけ」ソングというか、コールである。

何千人もの人が歩いて行って、ちょうど人波が切れたので、駅から降りて買い物に行った。日用品や食料を買い込んで駅のあるスクムビット通りに戻るとまた新たなグループのデモ隊が道にあふれているではないか。さっきより多い。しかも先も後ろも見えないぐらい続いている。反対車線は車が通っているのだが、デモ隊の歩く車線に入ってこないよう自分たちで自主的に交通整理しながら移動していく。デモ行進には救急隊もついて動いている。ホイッスルがうるさいという話もあったが、まあ、歓声みたいなものだった。

歩いていると、「昼休みの間だけデモしてた」という会社員がぱらぱらとデモを抜けて会社に帰っていく。この人数、合わせると1万人以上いるだろう。リーダーは要所要所にいるのだが、参加する人が自主的にいろいろこなし、自分の出来る範囲でデモに参加していく。みんなゆるゆると、力まずに歩いていく。う〜んなかなかいいね、このデモ。

今回のデモは、タクシン派のインラック内閣が、かつて民主化運動によって政権から追われ、汚職で有罪判決を受けたタクシン元首相に恩赦を与え、帰国(亡命中)を実現しようとしたことに端を発する。さらに農民からのコメ買取政策が破たんしたうえ、取引先の中国企業がダミー会社だったり大規模な汚職がらみの疑惑も出てきた。

今回の反タクシン派のリーダーは元民主党幹部のステープ氏。連日集会で激しいスピーチで聴衆を盛り上げている。しかし、どうも違和感があるな、と思っていた。ステープはインラック政権が生まれる前の民主党政権時代にタクシン派の赤グループのデモ隊に向けて警察隊に排除命令を出した男なのだ。この武力行使の強制排除で何十人もの死者が出て日本人の記者もフランス人の記者も巻き添えで殺された。結果、民主党はこの責任を取って政権を辞任、その後、総選挙でタクシン派が圧勝してインラック政権が誕生した。民主党支持派の多いバンコクでも、そういう武力で抑え込もうとした民主党のやり方に失望した人は多かった。そのステープがなぜ今回多くの人に支持されているのか? だいたい、いままで、インラック政権にそんなに不満だったのか。いちおう、選挙で選ばれた政府で首相なわけだし、この秋まで、反タクシン運動は表面化していなかったので、ちょっと唐突な感じがしたのも確かである。いくらタクシン派がいやでも、選挙で勝てないからといって、駄々をこねるようにデモで国政を混乱させていいのか?

とまあ、民主主義は選挙の結果を尊重するのが絶対であると思っている日本人や欧米人はそう思ってしまうわけだが、いや、正直タイに来る直前までヒバリもそう思っていたのである。しかし、タイのデモのユーチューブでタイ人の寄せたたくさんのつぶやきコメントを読んで、あ〜そうなのか、と納得がいった。

デモに参加している人たちは、反タクシンであるが、けっしてすべてがステープ支持なわけではない、のだった。インラック政権が崩壊しても、ステープが政権を取ろうとしたら、またデモが起こるだろうともいわれている。とにかく、今の政権は顔がインラックにかわっただけで、閣僚はタクシン時代と同じ(ものすごい悪相ぞろい)利権と汚職まみれの古狸たちである。もう、うんざりなのだ、タクシンの影の内閣は。

今回の反タクシン・デモに集う人たちは、シンボルカラーを作らず、タイの国旗の色である青白赤のストライプ模様のグッズを身に着ける。中には黒を着る人も多いが、これは「抗議」を示す色らしい。前回の反タクシン、民主化運動が途中から王党派(王室利権派)に牛耳られ、ゆがめられていった反省に基づいて、王党派や政党の運動に取り込まれないようにしていく気持ちだろう。黄色は今のプミポン国王のシンボルカラーで、黄色い鉢巻をしている人もいるが、それが中心になることはない。

日本にいるときにマスコミの情報だけで見ていると今回の騒ぎは「タクシン派VS民主党支持派」とくくられていたが、人々は民主党のために集まっている、のではなかった。タクシン派以外の政党の選択肢として、民主党はありなのだが、民主党のために反タクシン・デモをやっているのではないのである。タクシン派以外の政党が選挙で勝てないのは、タイの選挙の内実が民主主義とはとうてい言えない状態でもあるからだ。大半の議員がさまざまな利権に深く結びついており、そして大半の地方の票が金で買われているのが現実なのである。(日本もよく似ていますが)

そういえば、原発反対・秘密保護法反対デモに対して自民党の石破幹事長が「デモはテロと同じ」と、文句は選挙で勝ってから言えみたいな発言をしたが、タイのデモも、選挙制度がきちんと機能していないゆえの意思表示とも言えるのだった。ちなみにタイの反タクシン・デモはいたって平和的であり、非暴力をモットーとしている。(攻撃を仕掛けてくるのはタクシン派)集会拠点に行けば、無料で飲み物や食べ物が供され「それがおいしいのよね〜」と毎日のように集会に顔を出しているプンちゃんは言っていた。「もちろん、カンパはするよ〜」。アジテーションの演説だけでなく、アーティストがステージで歌って踊る、まるでコンサート会場なタイのデモ。日本でも原発反対金曜デモの自由な雰囲気を思い出していただければ、けっしてタイ人がふざけたり、中途半端に反政府運動をしているわけではないというのが分かっていただける‥かな‥。