製本かい摘みましては(97)

〈私の裁縫箱からへらが消え、彼はサティのCDを聴きながらへらを使って和紙の手折りを楽しんでいた。〉 『鳥居昌三詩集』(指月社 2013)に鳥居房子さんが「海人舎のひと」と題して書いている。昌三さんは参加していた詩誌「VOU」が終刊したあと個人誌「TRAP」(海人舎)を刊行して、回を重ねるにつれ増えた寄稿者に喜び悩みながら活版で刷ったページをへらで折っていたという。「TRAP」は駿河袖野三椏紙に毎号165部もしくは175部が印刷されて、1994年までに15号が刊行された。海人舎には製本家の大家利夫さんと造った美しい特装本もいくつかある。最初に見たときも今も途中も、それらの特装本を思うと同じ気持ちがわいてくる。憧れと言うのだろう。

と言いながら、誤植を出したつらい春を思い出している。似たような紙を選んで同じ文字列をいくつも並べてプリントして、余白をできるだけ出さないようにカッターで切り、25冊ずつ梱包した茶色の紙をくるりとはがして、一冊ずつ、表、裏とかえしては撫で、正しい文字列を切った紙にのりを入れ、めざすひと文字に焦点を合わせて貼り始めをきめて左親指でおさえ、右人差し指でまっすぐなぞって貼り、裏白紙で上からおさえる。25冊を重ね直して同じ茶色の紙でまき、在庫分はせめてそうして出したのだった。ひとつずつ、一枚ずつ、一冊ずつ。集中して時間は過ぎて、手渡すことのできるモノとしての本に助けてもらって、関わる他の誰にも関係ないがわたしの気持ちはしずまった。書いた手紙に封をして宛名を書いて切手を貼ってポストに向かう気分であった。

「海人舎のひと」には自分で造った夫婦箱に気に入った本などをおさめていたという話が続く。〈開けると出版案内、文芸書評、新聞切り抜き、著者からの私信と共に鳥居昌三の本に対する思いが紙の香りに蘇る。〉無論、箱は無造作にやや厚めに造られたのではなく、あれとこれとそれを入れたいからと計算を尽くして造られたのだろう。それにしても、鳥居夫妻の出会いは〈不等辺四角形の対角線の接点のような不安定な出逢いだった〉そうである。潮の香りがする。