犬狼詩集

  126

からすがきみの行動を見ている
きみが花を見つめ花びらにさわるのを見ている
桜は終わるだろう、春が深まる
チューリップが抗酸化的な色ではなばなしく咲く
花たちは光をめざし光に透きとおる
その透過する光をからすも見ている
からすはきみの寄る辺ない心も見ている
きみが空を見上げ雲を追うのを見ている
きれぎれの雲が白をいろんな形で展開し
そのひとつひとつが切り抜かれて鳥のように飛ぶのだ
空はつねにひとつ、断片化はありえない
それなのに歌声が聞こえて次々に鳥が発生する
からすは驚かない、何があっても
からすは笑わない、何を見ても
でもからすはすべてをしっかり観察し
記憶したすべてをきみに報告する


  127

「これ食べてもいいの?」とからすが聞く
きみが捨てた玉蜀黍の芯や
西瓜の種とか皮なんかだ
夏がはじまり強い光が熱を生むと
からすの羽毛は宇宙のように黒くなる
飛行と冷却の関係をよく考えてごらん
「おれも一緒に行こうかな」とひとり言みたいにからすがいう
きみがそろそろ出かけるのを犬みたいに察したのだ
「遠くまで行ってもかまわないよ、球体のトポロジーは
全方位的に迷路を拒絶しているからね」
気前のいい連れだ、信頼できる伴侶だ
なぜならからすは何も望まないからだ
からすは欲望しない、余分な何ものも
からすは断念しない、必要なすべてを
そしてからすは血液を沸騰させながら
気まぐれな空にどこまでも直線を描く


  128

からすが秋を正確に出迎える
この季節は生命がギアを入れ換えて
燃焼から保存へと移行するときなんだ
おれもちょっと太ったね、笑わないでくれよ
にぎやかなすずめたちの楽しい収穫祭
かたくななかたつむりたちはそろそろ身を隠す
からすは秋を嘆かず、秋を歌わない
きみが山を歩くといえばつきあい
きみがきのこを探すといえば手伝ってくれる
物質のすべては夢がかたちを得たもの
非物質の世界の偶有が
ある光のもとでそう見えるだけだ
からすは平気だ、自分の肉体が夢でしかなくても
からすは冷静だ、感覚が波の紋様にすぎなくても
血糖値を制御して飛行に備えるさ
それが飛行という夢の影にすぎなくても


  129

からすはじつは冬が大好きなんだってさ
食料の欠乏は都会では心配ない
雪なら降れば降るほどいいと思う
更新される白の無時間の層において
自分だって象形文字になれるのだと考えて
羽毛を二本抜いてみた
"O, crown, crow, my credo is cruciferous,"
十字形の信条を心に打ち込んで
Cr, cr, とのどを鳴らすように自分の歌を口ずさむ
おれは人間世界を相対化する飾りなき王冠
おれの目は漆黒に染まった携帯型の夜
あらゆる希望を青として溶かし込んだ黒さ
きみたちの世界が真白に明るくなるとき
邪心なく浄化されたつかのまの地表を飛びながら
おれは黒と白と光の究極の統一を見せてあげる
この黄金の尾がそれだ、金色に輝く羽がそれだ