7月末に引っ越しをして5日後にタイに来て、すこしのんびりしただけでタイとマレーシアでお仕事。ペナンでうだうだしてからエアアジアでバンコクのドンムアン空港に戻ってきた。
ドンムアン空港は以前は国内線専用だったが、いまはLCC格安航空会社エアアジアのほぼ専用空港と化している。今後はノックエアーなどほかのLCCもこちらに拠点移す方針らしい。ドンムアン空港は、タクシー以外の交通手段が市バスしかない。荷物を持って市バスに乗るのは大変だ。なのに空港のタクシーの質は大変悪く、友達が法外な料金を要求する運転手に口で抗議して突き飛ばされたこともあるほどだ。受付システムも合理的ではなくとても使いにくかった。
スワナプーム国際空港も公共タクシーのブースはあるが、そこで乗ったタクシーに何度遠回りされたり、メーター以外のお金を要求されたりしたことか。あきらかに覚せい剤をやっている運転手に当たったこともある。ホテルの場所が分からないふりをしたり、間違えたふりをして遠回りするので、道が違うと言えば、怒り出されたりとか。なんで、長旅に疲れ果てているのに、タクシー運転手の機嫌を取らなければならないのか。
一国の玄関口の公共タクシーがこれでは、観光客の第一印象は最悪である。どうにかしてほしいと前々から思っていた。今回、ドンムアン空港についてみると何やら様子が違う。飛行機が着くとほとんどの乗客がタクシー乗り場に向かうが、そこで一列で順番に並ばされ、タクシーが5〜6台づつやってきて、係り員の誘導で乗り込むシステムに変わっていた。これが早い。しかも横入りもなし。なぜこれが今までできなかったの? という簡単で合理的で早いシステム。これも現政権のNCPO(国家平和秩序維持評議会)の改革の一端らしい。
今まで両空港のタクシーの質が悪かったのは、ひとえに空港に登録するタクシーを中間搾取するマフィアの存在が大きかったせいだ。空港に乗り入れて客待ちするタクシーは登録して、手数料を払う必要があるが、さらにマフィアにも払わなければならない。その分を挽回すべく、運転手は料金を高く吹っかけたり、遠回りしたり、ぼったくり観光に勧誘したりと務めるわけだ。タイに着いたばかりの外国人がその格好の標的になる。
「NCPOも本気でいろいろ改革してるね」と思いながらタクシーに乗っていると、運転手がいろいろしゃべり始めた。故郷はロイエットで家は農業をしていて水牛は飼っているけど、もう田んぼの仕事は水牛は使わず機械でやってるとか。で、連れが「昨日テレビで見たけどプラユットが首相になったね」と言うと、がぜん張り切った調子で、「プラユットは駄目だ、軍隊の政治だ。選挙しないで首相になるのはダメだろ? な、なあ」と畳み掛けてきた。タクシーの運転手にはタクシン派支持者が多い。元締めのマフィアが利権を得るためにタクシン派と結びついていたので、その配下もだいたいタクシン派である。タクシー改革でみかじめ料を払わなくてもよくなったんじゃないのか? これまで払っていた運転手は、陰でやっぱり徴収されているのかもしれない。マフィアを通さない新規参入が増えないと改革はすすまないのかも。
8月の初めにタイに着いたときには、日本でマスメディアが報じているような「軍政」「クーデター」「戒厳令」から想像されるような気配はまったくなかった。ないどころか、町には中国系の観光客があふれ、道は渋滞し、以前のような猥雑なバンコクがよみがえっていた。4か月前までは、町のそこかしこが反タクシン派によって占拠され、お祭り騒ぎのようなデモが繰り返されていたので、車は少なく渋滞がなくてそれもよかったのだが、とにかく、バンコクはデモ隊がいなくなり、元の姿に戻っていた。
クーデターと言っても、実際に市民に銃をつきつけて軍隊を繰り出して全権を掌握したわけではない。むしろ、市民に一定望まれての登場、という形である。こういう形でしか、長らく続いたタクシン派と反タクシン派の対立は解決できないだろう、しかたない、というのがタクシン派以外の市民の気持ちであろう。もともとタイの政治にクーデターはついて回り、(さすがに最近は減っていたのだが)今回のプラユット将軍は歴代クーデターを起こした軍人の中でも、もっともまともな人物と思われる。今のところは、だが。
先日暫定議会から指名され、国王の任命を受け29代首相に就任したプラユット陸軍司令官は、高潔で正義感にあふれることで知られ、タクシン派と反タクシン派の国を分かつ勢いの国民の対立を解消し、対立の原因ともいえる国政の腐敗をなくすことを目標に掲げている。
タイの国政の一番の問題は、腐敗した政治、利権構造である。利権がはびこり、国家のお金が、国民のお金が莫大な規模で利権に群がる人々に吸い取られているのだ。なので、改革はまったくすすまなかった。それから甘い汁を吸うためにばかげた政策がまかり通る。この構造はタクシン政権時代以前からあったが、タクシンはそれを首相の立場をフルに利用して国家規模の利権をむさぼった。そのあまりにもひどい腐敗ぶりに怒った市民がタクシン追放を求め、タクシンを支持する人々と対立した。これが、ここ数年来のタイを揺るがし続けている政治問題の根本である。
5月22日に全権を掌握したプラユット将軍率いるNCPO(国家平和秩序維持評議会)は、次々と腐敗改革に乗り出した。まずはコメ買取制度の廃止。コメ買取制度は2011年から始まったインラク政権の肝いり政策だが、低い収入の農民を支援するために市場価格の1.5倍でコメを担保に融資するという、事実上の高額でのコメ買取制度だ。これを喜ばない農民がいるだろうか。農民のインラク政権への評価は高まった。だが、まず市場価格以上での買い取りには、法外なお金がかかる。その予算のめどもろくについていなかった上に、質を問わず買い上げたものだから、質の悪いコメが集まった。輸出価格を上げてみたところ、質が下がって値段の上がったタイ米の人気は凋落し、売れなくなった。2012年の輸出量はなんと従来の4割減。30年も世界1の輸出量をほこっていたタイ米が3位に転落した。さらにカンボジア・ラオス・ビルマから密輸入された米が国内米として政府に買い上げられていたことも発覚。また、ついていた予算のお金がいつのまにか相当の金額が消えていたという話もある。とにかく、2013年には農家からコメを徴収はしたものの、お金が支払われないという事態に至った。資金繰りに困り自殺者も出る。払うお金がない、というのがインラク政権の言い分だが、あるはずのお金がない、米は売れない、在庫がどれぐらいあるのかもわからない、在庫の米の管理がずさんで品質が低下してる、などなどともう末期的状態であった。
NCPOは全権を掌握すると、すぐにこの問題にとりかかり、コメ買取制度を廃止し、支払いの滞っていた167万人、1954億バーツの支払いを行った。各県の米の倉庫の調査も行った。帳簿のごまかしなどいくつもの県で不正が発覚している。
ここ数年、外食していてお米がまずい店が多くなったな、と感じていたがタイ米の質がコメ買取制度で低下していたのが原因かもしれない。NCPOのおかげでタイ米の質も向上しそうではあるが、この3年で売れ残った古い米が大量にあるので、普通の食堂のお米がおいしくなるには、まだ相当かかりそうである。
コメ買取制度の廃止の他に、前政権の後始末がまだまだある。全国の小学生すべてにタブレットPC(1台3000バーツ相当)を無料配布する制度。あきらかにタブレット発注にまつわる巨額のわいろや中間マージン目当ての政策だが、「まずしい小学生が教科書を買えないので、買えない子供はタブレットに教科書をダウンロードさせる」のが理由と言う。教科書を買えないような子供には教科書を無料で配布する方が早くて安上がりなことは誰でもわかるだろっ! と思わず声を荒げたくなるような政策であるが、これも配布途中で契約した中国メーカーが逃げ出したり、資金繰りがつかずに滞っていた。この政策も廃止。
利権をめぐるあれこれにも改革のメスを入れている。宝くじ、タクシー、バイクタクシー。さらに悪質な屋台の一層にも乗り出した。どこまで行くのか、行けるのか。
しかし、いくら高潔で正義感にあふれたプラユット将軍・首相とはいえ、現政権は報道規制や表現の自由の規制など、強権的な部分が大いにあることを忘れることはできない。暫定議会が動き出しプラユット将軍が首相に任命されたが、ほとんどの議員が軍人で、さらにNCPOは残り、政治の監視役を務めるという。政治改革を進めて、来年10月以降には民政移管のための選挙を行う予定であるとしているが、たった1年半でタクシン派の利権構造を封じ込めることが出来るのか、プラユット将軍が変節せず改革をつづけられるのか、それはまだまだわからない。
タイの利権がんじがらめは、他人ごとではなく、そのまま日本の姿でもある。