山田太一のやさしさ

6月に、山田太一の講演を聞く機会があった。子育て中の人に向けた企画だったので、自身の子育てにまつわる話を中心に、この頃思うことなどについて話してくれた。山田さんは今年80歳になったが、少年のように恥ずかしそうだった。いばっていない大人は素敵だ。

この講演会はシリーズで企画していて、『ゲド戦記』の訳者でもある清水眞砂子さんからのバトンで山田さんは講演を引き受けてくれたのだった。清水眞砂子さんの『本の虫ではないのだけれど』(2010年 かもがわ出版)に「それにしても山田太一は格好いい」という題名で、山田氏の著書『親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと』(2014年7月PHP新書で再刊)についての文章が収録されている。清水さんが見抜いている山田太一の魅力を、どれだけの人がわかっているだろうか。

清水さんは、テレビの対談番組に出演していた山田太一の生真面目さが新鮮で、「ガツンと一発やられた気がした。」と言い、「私たちはよくひとの真面目さを嘲い、それを頑さと結びつけようとするけれど、真面目に人間を考え、生きることを考えたら、人はどこまでも柔かくなっていくこと、いかざるを得ない」と言っている。「真面目だからこそ柔かい」そういう見方があるのかとハッとした。山田太一の魅力を言い当てているみごとな表現だと思った。

「親は一緒に暮らしているというだけで、言語化できない事をいっぱい伝えてしまっている。」「子どもを持って、人の世話になんかならないなんて気取っているわけにいかなくなった。リアリティを叩き込まれた。」「子どもが自分に抱きつこうと走ってくる。こんな幸福があるのかと思った。それだけでもう充分だと思った。」講演で語られたこんな言葉が印象に残っている。
子育てで大事な事として、山田さんが唯一語ったのは、「子どもを可愛がること」だった。そのシンプルな事がいかに難しいか。夜泣きする赤ん坊を抱いておろおろした時の気持ちを今も忘れないでいる、そういうところも良かった。

講演のことが心に残っていたので、『敗者たちの想像力 脚本家 山田太一』(長谷正人著 2012年岩波書店)を古本屋の棚にみつけた時はうれしかった。1959年生まれの著者とは同世代なので、山田太一ドラマの体験に共通なものがあり、共感しながら読んだ。長谷氏は著書で「同時代の証言としての山田太一論を書きたかった」という。彼の言う"同時代"というのは、再放送やDVDで繰り返し見るというドラマの見方をする時代という所もおもしろい。再放送やDVDで何回も見るうちに、ドラマの魅力に初めて気づくということが何度もあったという。

題名の通り、長谷氏によると山田太一のドラマの魅力は、「敗者が敗者であるがままに肯定され、光り輝く可能性を描いている」ところにあるという。代表作のひとつである「ふぞろいの林檎たち」は、「敗者」が「勝者」に成りあがろうとするのではなく、「敗者」であることを自ら認めることによって、「敗者」としての自分から抜け出す(「勝者」の基準の呪縛から逃れる事)物語なのだ。そういえば、講演会でも「事実は少し揺さぶると嘘ばっかりで、私たちはその嘘に捉われて生きているのではないか。ひとりひとりが自分のリアリティを持った方が良い」という事を話していた。「例えば言葉を発することが出来なくなった人に対して"生きていて何の意味があるのだろうか"と思ってしまいがちだけれど、その人は、口に出して言えない夢を見ているのかも知れない」と。

山田太一のドラマは、そんなふうに、知らず知らずに思い込んでいる事を、あたりまえだと思って見ている世界を、ちょっとずらして見せてくれるやさしさがある。最新のエッセイ集『月日の残像』(2013年 新潮社)を読むと、山田自身もまた、そうやって生き延びてきたのではないかと思われる。

「眼鏡トンネル」という一編が心に残る。家業を手伝わなければならないので、高校からひとり、急いで汽車に飛び乗って帰る毎日。経済的な理由で進学はあきらめなければならず、未来が見えない毎日の中で、「デッキの手すりに捕まってステップを一つおりて、乗り出すようにして風を浴びて」歌をうたっていたという想い出が語られる。「自分ではないみたいだが、よく歌をうたっていた。」という言葉で、その頃が回想される。「自分ではないみたいだが」という所に、ドラマを必要とする心が、すでにめばえているように思えてしみじみとする。

『月日の残像』は、8月29日に発表された第13回小林秀雄賞を受賞したということだ。慎ましい語り口ながら心に残るこのエッセイ集が受賞してうれしい。