「この子ができてから」と言って彼女は、また西瓜のように丸く突き出たお腹をさすった。きっと無意識のしぐさなのだろう。何度も何度も、彼女はまるで占い師が水晶玉にかざすかのように両手でお腹をさすっている。目のやり場に困り、私は彼女の肩の向こう、通り過ぎていく老女を眺めた。出産に話の矛先が向かないよう、注意深く言葉を選んでいるつもりなのだが、うまくいかない。臨月の妊婦にそれ以外の話題を強いるほうが無茶なことなのかもしれない。
彼女はここ数年、私の最も身近な友人だった。お互い仕事を持っているから、頻繁に、とまでは言えないけれど、それでも時間に都合がつけば、一緒にお茶を飲んだり、美術館で絵を観たり、時には小旅行へ出かけたりもした。女同士のたあいない、ありふれたつきあい。それは、女友達が少なく、音楽業界という男社会で働いてきた私にとって、新鮮な、そして楽しい経験だった。
妊娠したことを知らされた時、彼女が子供を欲しがっていることは知っていたので、素直に、良かったね、と思った。そして、そう彼女に言った。あの時、私は、おめでとうという言葉を使っただろうか。使わなかったような気がする。「もう子供がいなくてもいいかなと思い始めている」とこぼす横顔を見ていただけに、私には、「良かったね」が、何よりふさわしい言葉に思えた。
「これから生活が変わるだろうから、あまり会えなくなるね」と私が言うと、彼女は、私の言葉を打ち消すように、そんなことはない、むしろ身軽なうちに、行きたいところに行って楽しむつもりだ、と笑っていた。
彼女は私の家の近くに建つ総合病院を産院に選び、検診の後にはふたり落ち合って、午後の数時間、お喋りを楽しんだ。そこだけ切り取れば、それまでと変わらぬつきあいではある。しかし、最初は、しきりに、子供が生まれるという実感がない、と言っていたのが、数週間も経つと、彼女の話は、出産への不安や子育てへの緊張に内容が移っていった。
私の妹は二児の母だが、こちらが気を揉むほどあっけらかんとした様子で出産までの時間を過ごしていたこともあって、私は、彼女のナーヴァスな表情に驚き、内心戸惑っていた。力になってあげたいけれども、出産経験のない私には、リアリティのない話ばかりだし、体調のこととなれば尚更で、同じ女の体を持っていても、共有できる悩みとは言い難い。子宮、胎内、妊娠中毒症、バースプラン、帝王切開・・・馴染みのない言葉に、私は相槌を打ちながらも、ごめん、悪いけど全然わかんない、と心の中でつぶやいていた。そして、ぼんやり、早く生まれてくれないかなあ、と考えるのだった。
子供が生まれたら、数年の間は怒涛の勢いで日々は流れていくだろう。その流れの中には苦労も感動もあるだろう。そして、そのほとんどは私に無関係なことだろう。私たちは、私たちが互いの話し相手だったことをたぶん忘れる。それが一時的なことだとしても。そう思った。そして、ならば、そのことに、つまり、彼女の話し相手の、もはや私が適任者ではないことに早く気づいて欲しいと、私は祈るような気持ちで願っていた。
そう思うには私のほうにも事情があった。いままでこうして女友達と過ごしていた時間を、これを機会に仕事に振り替えようと考え、数年前から温めていた企画を形にすることにしたのだ。彼女のお腹の中で小さな命が目鼻をつけ、四肢を伸ばしている間、私は新しい人間関係を築き、その準備に取り掛かっていた。私の生活も、日々、何かしら変化があり、刺激に満ちている。しかし、その喜びを報告すべき相手は、彼女ではないような気がした。彼女の頭の中と私の頭の中には、違う景色が広がっているのだ。
まるでプラットフォームにいるみたいだと思った。友達を乗せた列車が発車するのを、私はプラットフォームで見送ろうとしている。出発時刻まであと数分。早く出発してくれないかな、そう思いながら、発車のベルが鳴るのを待っている。いま感じている気まずさは、あの気まずさによく似ている。そして、私には、列車を見送った後、向かう場所が―既に約束があるのだ。
車窓が遠く流れていくとき、ひとは別れの寂しさよりも、やっと行ってくれたという解放感を味わっている。私もそこに佇むことなく、踵を返し、階段を駆け下りるだろう。タクシーに飛び乗って、待ち合わせの喫茶店に向かう。素早く相手の姿を探し出し、「遅くなってごめんなさい」と謝ってアイスコーヒーを頼む。私はバッグからタブレットPCを取り出しながらこう言うだろう。
彼女にも。私にも。すべての人が持つ未知なる明日。
「この間、持ち帰った件だけど、いいアイディアが浮かんだの」